木挽町芝居之噺 ―演劇評論家 水落潔氏に6月歌舞伎座の芝居についてうかがいました―

木挽町芝居之噺

 今回は、 歌舞伎座 「六月大歌舞伎」のみどころを、演劇評論家の水落潔氏にうかがいました。

『新薄雪物語』
 “新”とついていますが、実は三大名作より前にできた作品で、演出に工夫があって見て美しく、各役がバラエティーに富んでおり、歌舞伎のエッセンスがたっぷり詰まっています。また、『白浪五人男』などに見られる歌舞伎の花見の場面は、この『新薄雪物語』を写したものが多く、ほかにもよく見る歌舞伎の場面の元となった場を、いくつも探すことができます。大顔合わせの絵面の決まりが歌舞伎座の大舞台にぴったりはまる大作です。

――展開が見事な「花見」
 最初に描かれるのは薄雪姫と左衛門の幼い恋で、それを取り持つ老巧な妻平と籬(まがき)との対照もはっきりとしています。続いて刀鍛冶、国行と国俊の親子の別れ、愁嘆が描かれ、次に悪のドラマが始まります。魅力的な小悪党の団九郎、国崩しの大膳が登場、最後は繻子奴(しゅすやっこ)の妻平が歌舞伎ならではの面白い立廻りを見せますが、それぞれの役に見せ場があって、しかも役の輪郭が鮮やか。華やかな恋が効果的に配され、後の悲劇に観客の共感を集める見事な作劇です。

――歌舞伎独特の要素が詰まった「詮議」
 四人の主な立役が花道にずらりと並んだり、花道に二人が座り込んで話をするなど、ほかではあまり見られない歌舞伎らしい演出が凝らされています。典型的な捌き(さばき)役の民部、敵役の大学…、ここでも役柄が対照的に描かれます。左衛門は品のよさは無論のこと、しっかり者に見えてはいけないし、決まりの形があるわけでもなく、稽古をすればできるというものではありませんが、今回は役柄がきっちりとよく出ています。

――歌舞伎では珍しい親子のドラマ「広間・合腹」
 親が忠義のために子の首を差し出す話が多い歌舞伎にあって、これは子どものために親が犠牲になります。当時としては珍しい発想ですが、現代人には理解されやすいかもしれません。両家の親が腹を切って出てくる「蔭腹」は、俳優の技巧が十分に発揮されるところ。幸崎が草履ひとつで苦痛を魅せるなど、歌舞伎らしい演技の工夫が随所に見られます。さらに、同じく子を思う親であっても、兵衛は情があって役柄からいうと実事で、幸崎には古武士的なところがあり、心情の出し方にも違いがくっきり出ています。

 「三人笑い」は笑いそのものが見せ場。写実になると歌舞伎味がなくなるので、息継ぎ、声の調子の上げ方で歌舞伎の笑いにしなければなりません。義太夫狂言では、男は建前で行動し、女の人がそれを補って本音を見せるという作劇が多いですが、梅の方は下手をすると一人浮いてしまいます。難役三人の大顔合わせで、見ごたえのある場となっています。

――物語の結末をつける「正宗内」
 がらっと世話場に変わりますが、ここも歌舞伎の趣向にあふれています。団九郎が父であり刀鍛冶の匠である正宗を勘当している珍しい趣向があって、正宗が師匠の恩をその孫に伝える話です。団九郎には義太夫狂言独特の、悪人が本心に立ち返る「モドリ」があり、最後には片手の立廻りも見せます。『忠臣蔵』のパロディーのような喜劇味も間にはさみ、蓮っ葉な娘と悪い兄貴の登場は、『千本桜』の「すし屋」を思わせます。

 この場を出すことで物語の首尾が一貫し、結末もつくのですが、団九郎という大きな役に見合う正宗役者がいないと上演できません。役として位負けするようでは舞台が小さくなってしまいます。これは『新薄雪物語』すべてにいえることで、重要な役が多いため、どこかがアンバランスになると全体が崩れてしまうのです。大顔合わせ、大一座でないと面白くないし、今回のように役者がそろった上演は、俳優の持ち味がよく出るので、観ていてわくわくします。

『天保遊俠録』
 今月の幕開きは、息子にかける父親の情愛がテーマの『天保遊俠録』。勝海舟の父勝小吉が、息子麟太郎の立身出世のために奮闘する、と聞くと立派そうですが、実は“ダメおやじ”の芝居です。真山青果の作品としては珍しい作風ですが、幕末の江戸言葉を自在にしゃべれる人でないと、小吉はできません。歌舞伎調にはって聞かせるせりふはないのに、歌舞伎にしないといけない。しかも男の色気も必要。せりふをどれだけ自分のものにしているかと考えると、できる人が限られてしまう芝居です。

『夕顔棚』
 年老いた夫婦が昔を思う、ある盆踊りの日のスケッチ。二人の醸し出す雰囲気が大事で、解説はいらないでしょう。面白おかしくしながらも下品にしないのは、本当は難しいところです。昔はこうだったんだろうなと想像させる、若い踊り手二人がうまく踊って対比を見せていますが、今回は最後に踊り手が大勢が出てきて後味のよい一幕になりました。

 

(水落潔氏談/歌舞伎美人編集)
2015/06/09