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仁左衛門が重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)の喜びを語る

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 7月17日(金)、片岡仁左衛門が重要無形文化財「歌舞伎立役」保持者の各個認定(人間国宝)を受けることが発表され、大阪松竹座「七月大歌舞伎」出演の合間をぬって取材に答えました。

 「重要無形文化財に認定していただけますことをありがたく思うと同時に、責任を感じております」と、いつになく緊張の面持ちで始まった取材会。仁左衛門は「気負うことなく精進を重ね、諸先輩から受け継いだものを後輩に伝えて、歌舞伎がますます栄えるように努力していきたいと思っております」と、喜びと感謝の挨拶をしました。

父、十三世仁左衛門への感謝
 「役づくり、芝居づくりの姿勢、取り組み方…、徹底して仕込まれました。私の芸の基礎は父以外の何ものでもありません」。私が文化財なのではない、私がやる演技が文化財なのだからと、仁左衛門は人間国宝の栄誉を、同じ人間国宝であった父の教えの賜物と語りました。

 仁左衛門が心がけているのは、あたかもその芝居の時代にお客様が入り込んで、のぞいていらっしゃるような雰囲気づくりだと言います。「作り事でありながら作り事でないように思っていただける、その人物があたかもそこに実在するかのように演じられたらと、勉強しています」。まだまだ芸域を広げていかなければと、「手がけたことのない『妹背山』の大判事や、『堀川の猿回し』のような父が得意としていた狂言を」と、今後に向けてもますますの意欲を見せました。

これからの歌舞伎のために
 芸について語る仁左衛門は、厳しい姿勢を崩しません。「歌舞伎は型から入るものという考えがありますが、型がなぜできたかを追求しないと駄目なんです」と語気を強め、「とにかく役の心境、それをしっかりつかむこと。そして、なんといってもお客様にわかっていただかないといけない」と続けました。「ときには、役としての心情を殺してでもお客様にわかりやすく言うせりふもあり、また逆に、多少せりふが聞き取りにくくなっても、役の雰囲気でわかっていただけるように演じることもある。大切なのはその使い分けです」。

 後進に向けては「基本をしっかり身につけて欲しい。基本を身につけてから、いろんなものに挑戦していくこと」、それが、歌舞伎の隆盛につながると考えています。地道な修業こそが、歌舞伎がここから先に何百年も続く元になるのだからと、「すぐ溶けるような即席の氷ではなく、時間をかけて堅い、透明な氷をつくって欲しい」との例えに気持ちを込めました。

関西で歌舞伎の幕を開け続ける
 十三世が一番望んでいたのは、道頓堀で芝居の幕を開けることだったと言い、「その精神を受け継いでいきたい」と力強く語った仁左衛門。子どもの頃は関西歌舞伎が隆盛期で、子役として掛け持ちで出演するほど忙しく、「えらい家に生まれてしまった」と思ったこともあったそうです。しかし、青年時代には低迷期となって関西の俳優は不遇の時代を迎え、「役者をやめようと思った時期もありました。そう思いながらも、やはり芝居が好きだったので救われた」と打ち明けました。

 若手にはいつもどんどん注意するけれど、「どうしても、型がきまるとそれ以上追及しない人が多い。でも毎日が勉強、毎日新しい発見がなければいけません。これでよし、というのは我々の仕事にはありませんから」と、自ら日々修業を貫く姿勢を見せます。「どんなにつらい修業を重ねても、舞台に出て、大勢のお客様が喜んでくださると、役者をしていてよかったな、と思えるんです」。昔はよかったではなく、思い出話としてつらかった話ができるのがありがたい、と満面の笑顔を見せました。

 歌舞伎立役の人間国宝は、坂田藤十郎(平成6年認定時は三代目中村鴈治郎)、尾上菊五郎(同15年)、中村吉右衛門(同23年)に続く4人目。ほかに、歌舞伎脇役の澤村田之助(同14年)、歌舞伎女方の坂東玉三郎(同24年)を加えた6人が、歌舞伎界での人間国宝となります。

仁左衛門が重要無形文化財保持者各個認定(人間国宝)決定の喜びを語る

2015年07月18日

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