巡業
平成19年度
(社)全国公立文化施設協会主催
西コース
松竹大歌舞伎
中村信二郎改め
二代目中村錦之助襲名披露
平成19年8月31日(金)~9月24日(火)
一、正札附根元草摺
文化十一年(一八一四)正月江戸森田座で七世市川團十郎の五郎、初世市川男女蔵の朝比奈で初演した舞踊で、作詞不詳、作曲は四世杵屋六三郎。朝比奈を妹の舞鶴に代えて女方で演じることも多く、本公演は松江の五郎、梅枝の舞鶴という配役である。江戸歌舞伎では毎年正月に曽我狂言を上演する習わしがあった。曽我五郎が演じる荒事で悪を払い、一年の平安を祈るのである。その見せ場の一つが『草摺引』で、工藤祐経(すけつね)を父の敵と狙う五郎が鎧を手に駆け出そうとするのを、まだ時期でないと舞鶴が鎧の草摺をとらえて引き止める。「引き事」と言って、二人の力競べを見せるのである。
中程の舞鶴が遊女の振りをして五郎を客に見立てて口説く趣向には、爛熟期の江戸庶民の洒落の美学が見られる。
大薩摩の豪快な唄で二畳台に乗った五郎と舞鶴が現れる。五郎は逆沢瀉(さわおもたか)の鎧を手に駆け出そうとするのを、舞鶴が止め「止めた」「放せ」と力競べになる。勇ましい両者の「引き事」が見ものである。舞鶴は五郎の力の強さには適わぬと知って 野暮な力は奥の前の」と遊女の振りで色仕掛けで止めようとする。舞鶴の見せ場である。五郎は 力はそれぎりか」と嘲笑い、再び草摺を引き合う。舞鶴の これ待った」から踊り地になり、軽快な曲に乗って二人は肌をぬぎ手踊りになる。その変化が楽しい。 互いに争う勢いは」で二人は花道で五つ頭を振り、最後は再び二畳台に乗って引っ張りの見得になる。荒事と舞踊を一体にした作品で、そこに面白さがある。
二、二代目中村錦之助襲名披露 口上
三、番町皿屋敷
大正五年(一九一六)本郷座で初演した岡本綺堂作の新歌舞伎で、二世市川左團次が青山播磨、二世市川松蔦がお菊を演じた。以後人気狂言として上演を重ねて来た。怪談で知られる皿屋敷伝説を素材にしながら、旗本と町奴の争い、旗本と腰元の身分を越えた純愛を近代作家の目で描いた内容に清新さがある。今回は梅玉の播磨、時蔵のお菊らで上演する。
「山王下」は旗本奴と町奴の対立を通して播磨の一本気な性格を描き、続く物語の伏線になっている。放駒らを相手に一歩も引かぬ播磨が、伯母眞弓の前には頭が上がらない。奔放に生きる播磨の反面の純朴さが描かれている。「伯母さまは苦手じゃ」や「散る花にも風情がある」の名台詞が聞きものだ。
「播磨屋敷」の前半は播磨の縁談を聞いたお菊の動揺が描かれている。播磨の心を知るため家宝の皿を割るまでの心理の動きが見どころである。播磨は話を聞いてキッとするが、割ったのがお菊と聞いて「そちを殺すわけにはいかぬ、母をこの家に引き取れ」と言う。身分を越えてお菊を愛する播磨の人柄が爽やかに描かれている。ところがお菊が播磨を試すためわざと皿を割ったと知って播磨の怒りは爆発する。「そちの疑いは晴れようとも、疑われた播磨の無念は晴れぬ」以下の名台詞は聞きものである。朗々と歌いあげる台詞術だけでなく、純愛に賭けた播磨の心の叫びを伝えることが大切である。播磨はお菊の前で皿を一枚ずつ割って行く。綺堂は、お菊も男の恋に偽りがなかったことを見極めて満足して死に就くのです、と書いている。そんなお菊の姿を見せねばならない。
四、戻駕色相肩
天明八年(一七八八)江戸中村座の「唐相撲花江戸方(ともずもうはなのえどがた)」の中の一幕で、初世桜田治助作詞、初世鳥羽屋里長作曲の常磐津の舞踊。初演では浪花の次郎作を仲蔵、吾妻の与四郎を四世松本幸四郎が演じ、天明の舞踊の代表作として名高い。菜の花畑に満開の桜が咲いた京の紫野に柿色頭巾に赤ら顔の次郎作と浅葱頭巾で色白の与四郎が駕籠を担いでやってくる。駕籠の中には振袖姿の可愛い禿が乗っている。こうした色彩の取合わせと絵画美がこの作品の生命で、趣向は奇想天外だが俳優の風情と色気でおおらかな歌舞伎美を見せていく舞踊である。
次郎作と与四郎は互いに大坂と江戸の土地自慢を始め、駕籠から禿を呼び出して次郎作は新町通いの武士の踏む丹前六方の姿を見せる。続いて禿が島原の廓の様子を踊る「クドキ」になるが、可愛らしく初々しく見せるのが肝心である。代わって与四郎が吉原の話をするが、大店ではなく鉄砲河岸という下級の遊女屋の様子を面白く見せる。次郎作がたっぷりと色濃い踊りを見せるのに対して、与四郎はあくまで江戸っ子らしく、すっきりと粋に踊るのが心得で、手拭いを持ったいなせな振りや「月待ち日待ち」などで、江戸前の美を見せる。その対照が見せどころになっている。
天明の舞踊の特色は趣向の奇抜さと洒落っ気にあるが、羽織一枚を二人が着て三味線に見立てたり、ワリミ(男が女の真似をする振り)があったり、ユーモラスな振りが随所に凝らされている。二人の懐から香炉と連判状が出て緊迫するが、禿が仲に入って踊り地になり、最後は次郎作が石川五右衛門、与四郎が真柴久吉と本性を明かして幕になる。
