歌舞伎座
芸術祭十月大歌舞伎
平成18年10月2日(月)~26日(木)
昼の部
一、 芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)
葛の葉
陰陽師の安倍保名(門之助)に命を救われた狐(魁春)は、許嫁の葛の葉姫に化けて保名と夫婦になり一子をもうけますが、ある日、本物の葛の葉姫(魁春)とその両親が訪ねてきたことで、身を引く決心をします。泣く子をあやしながら、家の障子に「恋しくば尋ねきてみよいずみなる信田の森のうらみ葛の葉」という歌を書き残して、姿を消す葛の葉。筆を口に咥えての曲書きなど狐らしさをみせるケレン演出もさることながら、人間にまさるほどの深い情愛を持つ狐の葛の葉の哀しさが、胸を打ちます。
ニ、 寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)
源頼朝からの信頼が厚い、工藤左衛門祐経(團十郎)の館。祝宴のさなかに対面を願い出たのは、父を工藤に殺された曽我十郎(菊之助)と五郎(海老蔵)の兄弟です。美しく優雅な物腰の十郎と、工藤に襲いかからんとする血気盛んな五郎は、それぞれ典型的な和事と荒事の役柄。ほかにも座頭の立役の工藤、道化の朝比奈(権十郎)、立女方の大磯の虎(田之助)、実事の鬼王(弥十郎)など、歌舞伎の主な役柄が勢揃いする、様式美に満ちた華麗な一幕です。
三、 一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)
熊谷陣屋
熊谷直実(幸四郎)の陣屋に、初陣の息子小次郎の様子を心配する熊谷の妻相模(芝翫)と、やはりわが子平敦盛の安否を気遣う藤の方(魁春)が控えています。帰陣した熊谷は、敦盛を討ったと話しますが、義経(團十郎)の前で首実検に供されたのは、なんと小次郎の首。後白河院の落胤である敦盛を助けよとの義経の内意を、熊谷は見事に察知し、我が子を身替わりにしたのです。救われた敦盛が、石屋の弥陀六実は平宗清(段四郎)に無事託されるのを見届けると、熊谷は出家を決意します。敦盛を討った様子を語って聞かせる「物語」や、相模と藤の方を制札で留める「制札の見得」、首実検、出家した際に口にする「十六年は一昔」の名せりふなど、重厚な義太夫狂言のなかに戦さの非情を訴える名作です。
四、 お祭り(おまつり)
山王祭を終えて帰ってきたのは、いなせな鳶頭松吉(仁左衛門)です。ほろ酔い加減ながら、からむ若者を容易に押さえつける姿は、キリッとして爽快。仁左衛門が、江戸っ子のかっこよさを十二分に見せる粋な清元舞踊です。
夜の部
一、 仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)
五、六段目主人塩冶判官の一大事に駆けつけられず、自責の念に苛まれる早野勘平(仁左衛門)は、女房お軽(菊之助)の実家へ身を寄せ、狩人をしています。山崎街道でかつての同志千崎弥五郎(権十郎)に出会った勘平は、名誉挽回のために仇討資金を調達することを約束。一方お軽の父の与市兵衛は、お軽を祗園に売ることでその資金をつくろうとし、手付け金五十両を得ますが、塩冶の家老の息子で今は山賊の斧定九郎(海老蔵)に襲われ、金も命も奪われます。大金を手にほくそ笑んだのもつかの間、定九郎は猪と間違われて勘平に銃殺され、五十両は勘平の手に渡ります《五段目》。お軽を引き取りに来た祗園の一文字屋お才(魁春)の話から、勘平は自分が与市兵衛を撃ち殺したものと勘違い。姑に疑われ、同志の千崎、不破数右衛門(弥十郎)に突き放されると切腹して詫びますが、その直後に疑いが晴れ、敵討の連判状への血判を許されます《六段目》。悪の凄味と色気を印象付ける定九郎の登場など、錯誤の発端の一部始終をほとんど無言で表現する五段目と、追いつめられて行く勘平の心の機微を、緻密に描く六段目。練り上げられた型の数々によって、鮮烈な勘平の悲劇が描かれます。
二、 梅雨小袖昔八丈(つゆこそでむかしはちじょう)
髪結新三
出張専門の髪結いで小悪党の新三(幸四郎)は、材木屋白子屋のひとり娘お熊(高麗蔵)と、恋仲の手代の忠七(門之助)をさらい、白子屋から身代金をせしめようとします。誘拐された娘を取り戻そうと白子屋から依頼を受けた親分の弥太五郎源七(段四郎)が新三のもとを訪れますが、持参した金額の安さをなじられ、交渉は決裂。が、続いて現れた老獪な家主の長兵衛(弥十郎)が、まんまと新三をやり込め、お熊を取り戻すことに成功します。顔に泥を塗られて収まらない弥太五郎源七は、閻魔堂橋のたもとで新三を待ち受け、仕返しに及びます。江戸の市井の風俗をみごとに活写した、河竹黙阿弥の代表作。ワルでありながら、どこか憎めない新三役に、幸四郎が初挑戦します。
