大阪松竹座
スーパー歌舞伎
ヤマトタケル
平成20年5月4日(日)~27日(火)
1986年2月、歌舞伎俳優・市川猿之助によって初演された『ヤマトタケル』は、早替りや立ち廻りをはじめ、斬新な衣裳と音楽、宙乗り等が観る者を圧倒し、日本演劇界で大きな話題となりました。
そしてそれは"スーパー歌舞伎"という、今までになかったまったく新しい歌舞伎の伝説の始まりでもありました。
哲学者・梅原猛作の初戯曲となったこの『ヤマトタケル』は日本古代史の悲劇の英雄の生涯を描いた歴史スペクタクルです。「大和は国のまほろば、たたなづく青垣、山ごもれる大和しうるわし」と謳われた大和の国の皇子として生まれながら、父である天皇との軋轢に苦悩する小碓命(後のヤマトタケル)の苦難の旅・・・。
いにしえのロマン溢れる物語が市川猿之助の脚本・演出により、空前絶後のスケールで全く新しい歌舞伎として描かれた超大作です。この、スーパー歌舞伎の原点、『ヤマトタケル』が、市川猿之助一門の右近、段治郎のダブルキャストによって、大阪松竹座に帰って来ます。90万人が感動した名作を今度こそ、お見逃しなく!
ものがたり・・・
日本がまだ国家として成立する以前のこと。謀反をたくらむ双子の兄大碓命(おおうすのみこと)と口論の末、兄を誤って手にかけた小碓命(おうすのみこと)は、父帝の怒りを買い、未だ大和に従わない熊襲の征伐に行かされることになった。踊り女に変装した小碓命は熊襲の首領タケル兄弟を征伐。熊襲タケルは敵ながらその勇気を称え、ヤマトタケルの名を与えるのだった。
見事熊襲征服を果たし大和に帰ったタケルだったが、父帝の許しは得られず、さらに蝦夷征伐を命ぜられる。蝦夷征伐は苦難の連続で、走水では愛する弟橘姫までも犠牲になった。
ついに蝦夷を平定し、凱旋の途中タケルは尾張国に立ち寄った。国造の娘みやず姫に出会い、傷心を慰められたタケルであったが、父帝から再び大和への帰途、伊吹山の山神を退治することを命じられる。伊吹山の神を甘く見たタケルはみやず姫の元に宝剣草薙剣を置いたまま伊吹山に向かう。苦戦しながらも伊吹山の神を倒したタケルだったが、自身も深手を負ってしまう。
懐かしい故郷の大和を夢に見ながら、道半ばでタケルの命は尽きてしまう。やがてタケルの魂は真っ白な大きな鳥となって昇天していくのだった。
