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森光子・勘三郎 『寝坊な豆腐屋』稽古場レポート

寝坊な豆腐屋

 森光子と中村勘三郎、二人の共演が話題の10月新橋演舞場夜の部『寝坊な豆腐屋』。稽古の様子や、公演への意気込みについてお二人に話をうかがいました。

森光子―――
 本読みの時から泣ける脚本で、本当に幸せです。泣けるだけでよいとは思いませんけど、今回とてもいい涙が流れて…ありがたいと思っています。

 勘三郎さんをお稽古場で毎日拝見していると、どんどん圧倒されて、もう、なんだかみんなファンの集まりみたいになっちゃって(笑)。自分を忘れちゃうことがあります。

中村勘三郎―――
 最後のシーンなんかとても良くて、私のセリフで「みっともないよ、そんな、おれの背中でババァ泣いてたら、みっともないよ」って言うんだけど、こっちが泣けてきちゃうんです。それをいかに抑えようかって苦労しています。

 母親が何十年ぶりかに、懐かしい酒場にスッと帰ってくるシーンで、森さんが手をサッと振って入ってくる時に、風が吹く感じがするんですよね。同じ演舞場で、昔、初代水谷八重子さんと共演させていただいたときと同じように、あの時も風が吹きましたね。
 やっぱり、ああいう風が吹くっていう感じ。芸の力っていうか、そういう事が幾つになったら出来るようになるのかな、なんて見ていますね。

 それと、とても新鮮なのは、歌舞伎俳優が出てるんですよ。これが可笑しくて大笑い。亀蔵なんて、生まれて初めて現代劇なんですよ。けど、歌舞伎しかやったことがないから、(演技が)時代なんですよ、これがね。
 彌十郎の現代劇も見たことなし、扇雀は女方なんだけど、電気屋の息子で出てきてね。これが上手いんですよ(笑)。ビックリしました。

 稽古場が良い雰囲気で、色んな人がいますでしょ。田根楽子さんも武岡淳一さんも、佐藤B作さんとも初めてだし。

森―――
 B作さんを、ひっぱたいたりしてらっしゃいますね。バチンバチン(笑)。

勘三郎―――
 いろんなところから来た人が、同じ釜の飯を食べてって言うのがとても面白い。こういう経験なかなか無いですからね。


昭和37年の頃のについて―――

森―――
 東京オリンピックのときには、もう東京におりました。本当に日本が上向きだった気がしますね。

勘三郎―――
 僕は、昭和30年生まれなので7歳ですけど、その頃覚えているのは力道山ですね。それから、当時麹町に住んでたんですけれども、車が全然通らなかったですよね。それから紙芝居屋。それから、(車の)ミゼット!

森―――
 舞台に出ていて、高速を使っていたんですけど、ガラガラでしたね。高速から木を眺めたりして。

勘三郎―――
 今の豆腐屋さんってオートメーション化になっちゃってますでしょ。この間、湯布院へ行きまして、昭和の頃からの手作りの豆腐屋さんを見てきました。にがりを入れるところなんか、勉強になりました。ヘラも借りてきました。本物は違うもんですね。

寝坊な豆腐屋


母と息子を演じて―――

森―――
 勘三郎さんのお小さいときのお宅によく伺わせていただいて、その頃は“哲明さん”なんてお呼びしてました。小さい頃の勘三郎さんの姿も思い起こしたり…

勘三郎―――
 現代劇で、もう子供の役をするのは最後でしょうね。母親をする人も、もうそんなに(笑)。波乃久里子だっておかしいもんね、母親役じゃ(笑)。

森―――
 今回、ご兄弟役をお二人で、素敵ですね。

勘三郎―――
 やりにくいっちゃありゃしない(笑)。口から先に生まれた役って、ピッタリですね。いつもしゃべっていますから、家でも。


演出の栗山さんについて―――

森―――
 以前、『ゲットー』という芝居をみせていただいて、とても面白い作品で。それから、傾倒しまして、たびたび栗山作品に出させていただいています。演出される時は未だに怖いですが、普段はやさしい方です。


すれ違いから、憎まれ口をたたいたりしますね―――

森―――
 このお芝居一本で“ババァ”って50回位言うの(笑)

勘三郎―――
 それが難しくてね。「冗談じゃないよ」なんて、随分悪態をつくんです。それは役として言わなきゃいけないのは解かっているんですけど…稽古場では、ちょっとやりにくいですね。


昼の部は歌舞伎ですが―――

勘三郎―――
 『俊寛』は久しぶり、島(鹿児島県硫黄島)でやって以来ですね。衣裳は初代吉右衛門の衣裳で、それがうちの親父に引き継がれて今は私に。最初はきれいだった着物が、いい具合に汚れて。それって大変に難しい事なんです。

 島でやった時に、大切なこの衣裳のまま海の中まで入っちゃって。もちろん、綺麗に洗ってあるんでしょうけど、気持的には“俺の俊寛の衣裳は、本当の海の中に入った衣裳だ”ってね。袖からうっかり砂でも出てくりゃ(笑)…本当に島にいるように出来たらいいなと思っています。

『人情噺文七元結』では、山田洋次監督が美術の指示を出してくれています。よごれた長屋を作るのって難しいんですよ。きっと、映画のセットみたいに、リアルな長兵衛の家ができると思います。


勘三郎さんの求心力、パワーの源は?―――

勘三郎―――
 そりゃあもう…好奇心でしょうね。思ったらすぐに行動して、それに運ですね。人と会って話すっていう事も大事ですかね。

寝坊な豆腐屋


母親役でのご苦労は?―――

森―――
 好奇心ばっかりで、苦労なんかないです。早くセリフが入ればいいなと(笑)。

 昭和30年代後半、東京のとある下町を舞台に、時代が大きく変貌する中で下町の人々が笑い、泣き、怒りながらも前に向って生きていく人生の機微を情感豊かに描く『寝坊な豆腐屋』ぜひ、お見逃しなく。

2007年09月27日

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