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染五郎が『夏祭浪花鑑』成功祈願で高津宮へ

染五郎が『夏祭浪花鑑』成功祈願で高津宮へ

 大阪松竹座「七月大歌舞伎」成功祈願 左より、市川染五郎、桐竹勘十郎

 

 

 7月3日(月)から始まる大阪松竹座新築開場二十周年記念「七月大歌舞伎」に出演の市川染五郎が、大阪 浪速高津宮(高津神社)で成功祈願を行いました。

染五郎が『夏祭浪花鑑』成功祈願で高津宮へ

『夏祭』ゆかりの高津宮で成功祈願

 大阪ではこの夏、歌舞伎と人形浄瑠璃文楽で『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』が上演されます。3日(月)からは大阪松竹座で、染五郎が初役の団七九郎兵衛に挑み、7月22日(土)から8月8日(火)までは国立文楽劇場「夏休み文楽特別公演」で、桐竹勘十郎が団七を遣います。

 

 『夏祭』で団七が舅を手にかけてしまったのが高津宮の宵宮、ゆかりの深い神社へ6月24日(土)、団七の人形を手にした勘十郎と染五郎が訪れ、公演の成功を祈願しました。

 

大阪独特の暑さ、空気感をつくり出す

 何度も団七を遣っている勘十郎は、「こうして一緒に成功祈願をして、心が落ち着きました」と笑顔を見せ、「実際の事件をもとにした芝居で、そんな事件が起こってもおかしくない独特の暑さ、雰囲気があります。劇場の空気感が変わるお芝居を心がけています。成功祈願させていただいて、あとは自分が頑張るだけ。なんとか自分の団七を」と、気持ちも新たに意気込みを見せました。

 

 勘十郎は歌舞伎の舞台を観て、「立役の方がとてもきれいにきまる。そういうところを見て勉強させていただいています」と明かしましたが、その歌舞伎の団七を今回演じるのが染五郎。「団七という役、そしてこの拵え(こしらえ)に憧れました」と、団七縞を着た団七の人形に目をやりながら、「それ以上に、思い出のあるお芝居でもあります」と続けました。

 

染五郎が『夏祭浪花鑑』成功祈願で高津宮へ

鮮明な思い出に彩られた『夏祭』

 「これだけ思い出がある芝居はなかなかありません。中村屋のおじ様(十七世勘三郎)の団七で市松をやらせていただいたとき(昭和55年9月)、泥場の立廻りを舞台の袖や花道から見たり、井戸の中で水を汲むお弟子さんたちの姿を奈落で見てわくわくした思い出があります。コクーン歌舞伎では(平成8年9月)、稽古でだんじりを初めて見たとき、鳥肌が立ちました。憧れの役ですが、憧れ以上、やってみたいと思う以上の役であり、お芝居という印象があります」

 

 今もまぶたに残る色鮮やかな記憶をたどりながら、うれしそうに話した染五郎。団七という役を、「人間のいろいろな感情、喜び、怒り、悲しみをストレートに出すところがとても多い」ととらえ、初役にあたっては、勘十郎も話したように「息も苦しいような暑さ、湿気。技術的にどうこうではなく、あの芝居の味、匂いやその場の空気感、生活感が感じられるところを目指したい」と、意欲的に語りました。

 

染五郎最後の大阪松竹座で、憧れていた団七に

 襲名披露を来年に控え、染五郎として最後の大阪松竹座で憧れの団七を初めて演じます。「自分が上方のお芝居が好きで、やれるようになりたいとずっと思い続けてきましたので、今回のことが、以降のこの思いの支えになっていくのではないでしょうか。これが最初だったんだと思えるくらい、自分の団七ができるように、数を重ねていければと思っています」。

 

 幸四郎の名前を受け継ぐ前に、団七という役を継承する染五郎。「父からは、きまりをしっかり押さえ、時代であったり世話であったりといった緩急、メリハリが大事と言われました。どれだけ団七になりきれるかが大きいということなのでしょう」。今も強烈な印象として残っているという、十七世勘三郎がお辰と義平次に回って幸四郎に団七を伝えた舞台(昭和59年6月歌舞伎座)のエピソードも明かし、幼い日に目を輝かせて見ていた憧れの団七に、満を持して挑みます。

 

 7月の中座で大役を勤めたり、日に何役も勤めたこと、大阪松竹座ができてからは新作歌舞伎にとり組むなど、「初めてが大阪だったということが多く、大阪は自分以上のものに挑戦する、大きな挑戦をする場、育てていただいた場所でもあります」と、大阪での公演には特別な思いがある様子。夜の部の『盟三五大切』の三五郎も初役です。「男らしさ、格好よさ。普通の二枚目ではなく、南北らしい男らしさが印象に残る役を目指します」と、こちらも大きく期待させる言葉で会見を締めくくりました。

 大阪松竹座「七月大歌舞伎」は、7月3日(月)から27日(木)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットWeb松竹スマートフォンサイトチケットホン松竹で販売中です。

2017年06月26日

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