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幸四郎、全都道府県での『勧進帳』上演に向けて

幸四郎、全都道府県での『勧進帳』上演に向けて

 全国公立文化施設協会主催 東コース「松竹大歌舞伎」では、昼の部に『勧進帳』『恋女房染分手綱 重の井子別れ』、夜の部では、『雨の五郎』『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』『近江のお兼』が上演されます。松本幸四郎の弁慶による『勧進帳』は、平成20年10月奈良東大寺において千回目の上演を達成、現在までに1025回の上演を記録しています。そして、今回の巡業公演では、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、福井県というこれまで上演のなかった土地を訪れ、全47都道府県での上演という金字塔を打ち立てる事になります。歴史的な公演に先立ち、松本幸四郎が公演への想いを語りました。

 大都市の大きな劇場でご覧に入れる歌舞伎、これも歌舞伎役者にとって大事な舞台でございますが、『勧進帳』を観てみたいな、という方のおそばに行って歌舞伎をご覧に入れる事も、それと同じくらい大事なことだと思っています。
 そうに思うきっかけとなったのは一通の葉書でございました。沖縄の女子大生の方から「私の父は、あなたのお父さん(八代目幸四郎)の弁慶が大好きで、東京にいた頃は毎日のように、3階席で拝見させていただいておりました。けれど、その父が病気になり沖縄から出ることができなくなりましたので、ぜひ息子であるあなたが弁慶を観せに沖縄にいらして下さいませんか」というものでした。そうしてはじまった思いが続き、お陰様で今回の巡業で全都道府県で『勧進帳』を上演させていただく事になりました。

 16歳で初演して今年68歳になりますので、もう半世紀以上『勧進帳』を勤め続けて参りました。その間には様々な『勧進帳』がございました。父が亡くなったときは大阪で勤めておりましたが、翌日の舞台ではお客様の暖かな手拍手に包まれて花道を引っ込みました。そして2年前には東大寺の大仏殿の前で千回目の公演を勤めさせていただきました。
 ただひとつ思うのは、過去・歴史・伝統も大切ですが、先のことや過去のことに引きずられるのではなく、今この瞬間、瞬間こそが、我々人間にとって一番大切であり一番考えなくてはいけない事ではないでしょうか。またそうした思いは、特に地方巡業に出ますと、なおさら深く感じます。

 旅に出ると、余計な事を考えず芝居に対する思いが一点にギューっと絞られます。その反面、舞台を離れますと気持ちがとても優しくなります。旅先では、おにぎりやおはぎをいただいたりといった人間的な交流が多くあります。「人生は旅だ、旅は人生だ」などと申します。金剛杖を抱えて、主君義経を守って陸奥への旅・・・それと同じ旅を私共も地方巡業でさせていただいています。
 歌舞伎座の建替えが行われるこの3年間は、歌舞伎役者である私共にとって正念場、いかにこの時期に良い歌舞伎をご覧に入れるかがとても大切な事だと思います。そのスタートとなるこの公演では、一回一回良い舞台を皆様にご覧に入れ、巡業を無事に終わらせたいと願っています。そしてこれからも『勧進帳』とともに全国を廻り続けていきたいと思っています。

幸四郎、全都道府県での『勧進帳』上演に向けて

▲ 写真左より、松竹株式会社安孫子正専務、松本幸四郎、公立文化施設協会松本辰明常務

2010/05/25