歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



名優が案内役の豪華なドキュメンタリー

十河壯吉(そがわそうきち)
プロフィール

1944年徳島生まれ。ドキュメンタリーを中心に幅広いジャンルの番組を手がけ、ルーカスフィルムやスティーブン・スピルバーグのドキュメンタリーなどを制作。主な作品に、「鼓童meets玉三郎」、シネマ歌舞伎特別篇『牡丹亭』がある。

 倍賞千恵子さんによるナレーションの収録を終えた9月某日、『わが心の歌舞伎座』の監督、十河壯吉さんはにこやかな表情でインタビューの席に現れました。


―この映画の監督を、と話があった時、どんな映画にしたいと思いましたか。
歌舞伎版の『ザッツ・エンタテインメント』のようなものが作れたら、と思いました。あの映画は何人もの大スターがプレゼンターとして出てくる、アメリカミュージカル作品のアンソロジー映画で、ドキュメンタリーではありませんが…。歌舞伎俳優さんがひとりひとり登場し、ドキュメンタリーを交えながらナビゲートしていく、そんな豪華な映画ができたら私も是非観てみたいと…歌舞伎の世界って、そう簡単には全体が見渡せないし、断片を観るにしても時間もお金もかかる。だから一気に見渡せるようなものがあったらいいと思いました。それはかなり大変な仕事です。「(この仕事を)よく引き受けましたね。」とあちこちから言われました。実は私もそう思います(笑)。

―撮影時を振り返って、印象に残っていることなどをお聞かせください。
すべてが印象に残っています。今回、歌舞伎座という特別な場所での撮影でしたので、今まで経験した事のない多くの難題をクリアしなくてはなりませんでした。
この世界独特のルールや常識があり初めは戸惑いましたが、松竹演劇部のスタッフの皆さんに導いて頂きながら、無事乗り越えることが出来ました。
特に俳優の皆さんには連日の公演で大変お疲れの中、本当に快く撮影に協力して下さいました。この事が一番嬉しく、大きな事でした。みなさんの歌舞伎座への想いが、ひしひしと伝わって来ました。

すべての撮影は公演中に行われました。とにかく公演中の舞台に迷惑をかけたくなかったので、今までで一番神経を使いました。限られた時間と場所、思い通りに撮れるはずはありません。

何日も通い劇場の隅々まで見て感じたのは、この風景は長い営みの中ででき上がってきたもので、俳優や裏方さんたちの想いがいっぱいしみ込んでいるのだということです。

ある日(片岡)仁左衛門さんが「ちょっと、これ見てよ」と見せてくれたのが楽屋の磨り減った敷居でした。
一体、何人の俳優さんたちがこの楽屋を使ったのだろうか。歌舞伎座には至る所にそんな歴史が刻まれていました。柱や床の傷にも全て人の営みが感じられる。そこには歌舞伎座で働く人々の想いがしみ込んでいました。
歌舞伎座の中の人間の匂いのする風景に触れて、それが温かさだったり、俳優さんをほっとさせたりするものだったり…。そんなものも撮れればいいなと思っていました。




「歌舞伎座さよなら公演」の皮切りとして、歌舞伎俳優が歌舞伎座の舞台に勢揃いした、平成22年4月30日「歌舞伎座閉場式の「手締式」