文様で主張する

『義経千本桜』伏見鳥居前 佐藤忠信実は源九郎狐  赤縮緬源氏車馬簾付き四天(あかちりめんげんじぐるまばれんつきよてん)」

『義経千本桜』道行初音旅 佐藤忠信実は源九郎狐  紫紺緞子片輪車江戸褄着付(しこんどんすかたわぐるまえどずまきつけ)」

『義経千本桜』河連法眼館の場 佐藤忠信実は源九郎狐  藤色塩瀬秋草に流れ水繍半着付 白龍紋紫暈破れ片輪車繍長袴(ふじいろしおぜあきくさにながれみずぬいはんぎつけ、しろりゅうもんむらさきぼかしやぶれかたわぐるまぬいながばかま)

 
 『義経千本桜』では、義経に所縁のある源九郎という名前をもらうことになる源九郎狐が、序幕の「鳥居前」から「道行初音旅(吉野山)」「河連法眼館」まで、義経の忠臣佐藤忠信の姿に化けています。そして源九郎狐が化けた忠信の着ている衣裳には、車輪の模様が付いています。
 この文様は「源氏車(げんじぐるま)」といい、家紋にも使われる美しい文様です。延享4年(1747年)、人形浄瑠璃で『義経千本桜』を初演する際、狐忠信の衣裳に苦心し、この場を語る二代目竹本政太夫の家紋である「源氏車」を用いることにしましたが、実在する奥州藤原氏の佐藤家の家紋もこの「源氏車」。図らずも、忠信に成りすました源九郎狐は、源氏車をつけた着物を着て「わたしは奥州の佐藤!」と主張することになりました。

 「源氏車」は平安時代の牛車の車輪を表した文様です。六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)と葵上(あおいのうえ)の車争いなど、牛車の登場する場面が印象的な『源氏物語』から名前をとって「源氏車(げんじぐるま)」と言う名称がついています。また、車輪が半分だけ川面から出ている図柄は、「片輪車(かたわぐるま)」。木で作った牛車の車輪は乾燥すると反ったり割れてきますので、使わないときは水につけておきますが、車からはずした車輪を片方づつ川に漬けている情景をえがいたものが片輪車で、車紋のヴァリエーションのひとつです。平安期の華麗な工芸品、国宝「片輪車蒔絵螺鈿手箱(かたわぐるままきえらでんてばこ)」などでも有名な伝統的な文様です。

 本来は『源氏物語』に因んで付けられたので、源氏平家の源氏とは関係はありませんが、音が“源九郎”を連想させるこの文様、まさに源九郎狐にふさわしい図柄と言えそうです。

こころを映す、歌舞伎の舞台

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