歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



第3回 美しく、しなやかな艶髪をたもつ秘訣

日本女性の美の象徴とも言われる黒髪。 歌舞伎のかつらの髪、そして私たちの髪を 健やかに保つという美の油とは…?

文・構成/田村民子、写真/小澤義人
 

高橋敏夫さん。九代目澤村宗十郎丈を担当し復活物のかつらの結い上げにも多く携わった。現在、坂東玉三郎丈を担当。劇場内で仕事をするときは着物姿。髪を束ねる紙製の細い紐「元結(もっとい)」を、たすきの代わりに使っている。万が一、舞台上で髪に支障が出たときは、この元結を切り、これを使って髪を直すそうだ。

艶やかな黒髪をときには長く垂らし、ときにはきりりと高く結い上げた女方のかつら。その大部分は人毛が用いられていることをご存じでしょうか。
かつらは公演が終わると髪をほどき、また別の役柄に合わせて結い上げられる。これを幾度も繰り返していきます。想像以上にハードに使われていますが、舞台上でみるかつらは、いつも豊かに潤ってみえます。髪を傷めないような特別のお手入れがあるのでしょうか。今回も女方専門の床山・有限会社光峯床山の高橋敏夫さんの仕事場で、おはなしをうかがいました。

問:かつらの髪はどれも美しい艶がありますが、お手入れになにか秘訣はあるのでしょうか。

答:女方の床山では主に3種類の植物性の油を使っています。現代では、さまざまな整髪料がありますが、植物性の油は髪を傷めませんし、変にピカピカしないので歌舞伎の舞台の雰囲気にうまくなじむんです。
手順を追って使い方を説明すると、結い上げる前にまず「椿油」を使います。私たちは水油(みずあぶら)と呼んでいるんですが、これでクセを直したり、髪のコンディションを整えたりします。結い上げていく上で、髪の状態がよくないとやりくいのですが、椿油は潤いをもたせる大切な役割を担っています。また、結った後に髪の表面を自然に艶を持たせる目的で使ったりもします。
最もよく用いるのは、菜の花から作られた「すき油」。これは椿油よりやや固めの油で、結った髪の形が割れたり毛が逆立ったりした部分を直すために用います。そして、髷(まげ)の部分の整髪などには、さらに固さのある「中煉(ちゅうねり)」という油を使います。


女方の床山が使う主な油。立役の床山が用いるものとは少し種類が異なるそうだ。

熱したコテをぬらした布で巻いたもので、かつらの髪のくせを直していく。

床山さんの世界で使われている油は、日本で古くから用いられていたものばかり。長い時を経ても使い続けられるということは、やはり天然成分の油は、安全で優れた効果があるということなのでしょう。今回ご紹介したように床山さんは複数の油を使われていますが「すき油」や「中煉」を使いこなすのはちょっと難しそう...。でも「椿油」は入手しやすいため日常の髪のお手入れにも取り入れやすく、ご家庭で簡単に髪にうるおいを与えるケアができます。
そこで、椿油を使った美しい髪を保つためのお手入れ方法を2つご紹介しましょう。

お手入れ方法
シャンプー&トリートメントの後にタオルドライします。椿油を少量手にとり、手のひら全体にのばしてから、ぬれた髪の毛先を中心につけ、次に全体にのばしていきます。その後、ドライヤーで乾かします。
memo
ドライヤーの熱や紫外線から髪を守ることができます。椿油の量が多いと、べたっとした仕上がりになります。少量(1?2滴)から試し、乾いた髪の状態をみて調整してください。
お手入れ方法
椿油を手にとり、頭皮につけながら髪にもたっぷりなじませ、櫛を使って全体にゆきわたらせます。蒸しタオルで包み、ヘアキャプを重ねて10?20分そのままにします。その後、タオルをはずして頭皮をマッサージ。毛穴の汚れを浮かせます。最後にシャンプーで2度洗いします(毛先が傷んでいるときは、毛先にだけトリートメントをします)。
memo
髪にしっとりした手触りと艶を与えます。また頭皮をマッサージすることで、毛穴の汚れを浮かせ、頭皮を健やかに保ちます。フケ・かゆみをおさえたい方におすすめです。
3回にわたってご紹介してきた女方の床山さんのお仕事。いかがでしたでしょうか。
ちょっとした予備知識をもって歌舞伎の舞台を見ると、これまでとは違った発見も多くあるかと思います。歌舞伎は床山さんをはじめ、小道具、大道具、衣裳など多くの裏方のエネルギーをたっぷり含み込んだ上に俳優さんの芸が重なり、輝くような舞台芸術として結実しています。
日本固有の伝統芸能である歌舞伎、そして女性たちの髪を健やかに保ってきた椿油は、次世代に伝えていきたい日本文化です。こうした文化は、日常のなかで多くの人に親しまれてこそ継承されるもの。ぜひ、身の回りの心に響くものから実践してみてはいかがでしょうか。