歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


心根の変化を視覚的に見せる、引抜き

 1月の歌舞伎座でも上演中の舞踊『鷺娘』には、引抜きという演出が多用されています。引抜きとは、衣裳の仕掛けをさす歌舞伎の専門用語。踊りの最中や演技中に、一瞬で衣裳を変えるというなんとも大胆な演出です。引抜きには、どんな種類があるのでしょうか。

  「引抜きには、<かぶせ>と<ぶっかえり>の2種類あって、『鷺娘』では、かぶせが2回、ぶっかえりが1回あります。かぶせは、衣裳の上に別の衣裳をかぶせるように重ねて着ておいて、舞台上でかぶせた衣裳を取り去り、下の衣裳を見せて変化させます。ぶっかえりは、上半身の着物を腰から下に垂らし、その裏面を見せることで変化させます。

 華やかな演出なので視覚的な部分に気をとられがちですが、その本意は役の心の変移を表すことにあります。たとえば恋をしている切ない心情から、明るく高揚した気持ちへという風に、かぶせは心理の移り変わりを表し、ぶっかえりは隠していた本性を顕す場合に用いられます。

 しかけのタネは、糸。変化する前と後の衣裳を重ねて袖や裾などを糸で荒く縫っておき、舞台上で後見さんがタイミングよく糸を抜いて変化させます。この糸は、きれいにすっと抜けなくては流れをさまたげてしまいますから、縫う荒さなどを後見さんと相談して調整しています。何度も同じところを縫うことになりますから、同じ針穴に針を刺すようにして、衣裳が傷まないように気を配っています」


  言うまでもなく、衣裳は職人さんの手仕事によって作られています。1枚の着物が生まれるまでの労力を熟知している宮永さんからは、しぜんと衣裳をいたわる言葉が発せられます。それが、とても尊いものに感じられました。
※ 舞台衣裳は、同じ演目でも俳優によって異なる場合があります。
緋色衣裳
白色衣裳
『鷺娘』後半のぶっかえりの衣裳。緋色から、鷺の羽をイメージした白へと変化する。
鷺娘ぶっかえり前後
イラスト/松原シホ