歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


役柄の数だけ、髪の形がある

 みなさんは歌舞伎に登場する髪の名称をいくつご存じでしょうか。「片はずし」(※1)「生締(なまじめ)」(※2)などは、役柄を表す言葉としても用いられているので、耳になじんでいる方も多いでしょう。今回は、髪を結い上げる裏方、床山(とこやま)さんの仕事場をお訪ねしました。お話をうかがうのは、東京鴨治床山株式会社の会長・鴨治歳一さんです。「さっそくですが、歌舞伎の髪の形って、どのくらいの種類があるのでしょうか」。


  「意外に思われるかもしれませんが、女方より立役のほうがはるかに多いんですよ。立役の髪は千種類以上とも言われますが、同じように見えても、髷(まげ)の太さなどが微妙に異なりますから、役の数と同じだけ髪の形があると言ったほうが正しいかもしれません。世話物にちらっと登場する町人でも、職人と御店者(おたなもの)では違いますからね。

  鬘(かつら)は、公演ごとにつくります。というのも、太ったり、痩せたりすると頭の大きさも微妙に変わるでしょ。鬘が合わないと役者さんに大変な苦痛を与えてしまいますからね。髪は、自分の担当する俳優さんのことだけ考えて結うわけじゃないんですよ。他の役柄との兼ね合い、共演する俳優さんの体格とのバランスも大事。格下の花魁は小ぶりにするとか、相手役の身体が小さい場合は、鬘の大きさをちょっと遠慮するとかね。いろいろあるんですよ」



 美はバランスの妙とも言われますが、鬘も同じ。舞台空間の大小や大勢の俳優さんたちとの釣り合いを考慮して、その公演だけの逸品が作り上げられているのです。



片はずし(※1):下げ髪を左右で輪にして片方だけ笄(こうがい)で留めた女方の髪型。『伽羅先代萩』の政岡、『恋女房染分手綱』の重の井など、品格をもちながら芯の強さを表現しなくてはならない重い役が多く、経験が必要な役柄とされている。

生締(※2):髷を油で棒状に固めた立役の髪型。『実盛物語』の実盛、『盛綱陣屋』の盛綱など、分別のある武士役が多くこちらもベテランが勤める役柄とされている。
鴨治歳一さん
柔和な笑顔が印象的な鴨治歳一さん。中学3年生のとき歌舞伎座で観た初代中村吉右衛門の『引窓』に心打たれて床山になることを決意。父の跡を継いだ。十四代目守田勘弥、十一代目市川團十郎、四代目中村雀右衛門、十二代目市川團十郎などを担当。
床山
歌舞伎には、髪に関する裏方の仕事が2種類ある。ひとつは、地金(台金)と呼ばれる鬘の土台を作り、髪を植え込む鬘屋さん。それを結い上げ、公演中に俳優さんの頭に掛けたり、外したりするのが床山さん。
『京鹿子娘道成寺』の道行で用いられる髪飾り
『京鹿子娘道成寺』の道行で用いられる髪飾り。手前にある横長の布は、道行帽子(びらり帽子)。