歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


進化し続けるしかけ「がったり」

 「がったり」とは、鬘のしかけの用語。髷(まげ)の根元に栓を仕込んでおき、しかるべきタイミングにこの栓を抜いて、髪を意図的に乱すものです。ほかにも、鬘のしかけはいろいろあって、『菅原伝授手習鑑 筆法伝授』で菅丞相の冠がはたと落ちる。これにも、鬘のしかけが一役買っています。また『妹背山婦女庭訓 御殿』でお三輪が官女たちにいじめられ、髷がほどけて長い髪がばさりと垂れる。これは「さばき」。他にも、『東海道四谷怪談』のお岩の髪が恐ろしく抜け落ちる「髪すき」など、実に細やかなしかけがたくさんあるようです。

  「今の團十郎さんがまだ海老蔵を名乗られていたころ、『かさね』の与右衛門をされる機会がありました。色悪(いろあく)という残忍な二枚目の役で、殺害した女の怨念で身体をあやつられる場面があるんですが、そのとき与右衛門の髪が乱れていくんです。それが<がったり>です。崩れるようにしこんであるので、動いていくうちに乱れすぎて、最後のころはどうも格好がよくない。それをどうにかできないか、と相談されたんです。それでひと晩考えましてね。いい格好まで崩れたら、そこでストップする技を思いついたんです。
 髪の形やしかけは、俳優さんと床山が工夫しながら作り上げるもの。古いものを踏襲するだけでなく、これからも進化していく可能性だってたくさんあるんですよ」


 新考案のしかけは秘密にする人もいるそうだが、鴨治さんは良いものは受け継いでもらいたいと、このしかけも乞われれば教えているそうです。
与右衛門の鬘
与右衛門の鬘。乱れる前は、きりっと髷が整っている。
「がったり」のしかけの後は、髷の穂先が色気を含んで乱れる。これが崩れ過ぎないところに鴨治さんの技がある。
お三輪の鬘   さばき
イラスト/松原シホ
お三輪の鬘。一般的に『妹背山婦女庭訓』のような時代物は漆黒の髪、世話物などでは茶色がかった髪が用いられる。「さばき」というしかけによって右のイラストのように変化する。