ありがとう、大阪松竹座

1923年5月、大阪道頓堀に一つの劇場が誕生しました。
優れた映画を上映するだけでなく、新しい時代の舞台芸術の実演と映画上映の組み合わせという斬新な興行スタイルで、多くのファンに愛された劇場は、1997年に演劇の劇場として新築再開場。
以来、歌舞伎をはじめ喜劇、現代劇、レビュー、ミュージカル、コンサート、落語会等とジャンルの枠を超えた多様なラインナップで多くの皆様に愛されてきました。
大阪松竹座開場から、103年。
この度、2026年5月公演をもちまして幕を下ろすこととなりました。
これまで足を運んでくださったお客様、そして劇場への尽きぬ感謝を込めて。
本企画では、写真を通じて劇場の姿を残すとともに、日々劇場を支えてきたスタッフたちならではの視点で「大阪松竹座の好きなところ」をご紹介します。
皆様の思い出の景色と重ね合わせながら、ぜひお楽しみください。

大阪松竹座
大阪松竹座
大阪松竹座

大阪松竹座が映画館だったころから、いつかこの劇場で歌舞伎を打ちたいという夢をずっと抱いていましたので、叶ったときは本当にうれしかったです。
観やすく、働きやすい劇場になるように客席の設計や楽屋のことも、私なりにいろいろとアドバイスをさせていただいた、愛着のある劇場です。
大阪松竹座は、芝居町であった道頓堀の長い歴史を受け継ぐ劇場。
道頓堀は私が初舞台を踏んだ場所でもあり、父(十三世片岡仁左衛門)が上方文化を守りたいと立ち上げた「仁左衛門歌舞伎」など、さまざまな思い出や歴史がございます。寂しい気持ちはありますが、上方歌舞伎の役者としては、これからも大阪で公演できることを願っております。
(「御名残五月大歌舞伎」取材会より抜粋)

片岡仁左衛門

大阪松竹座の好きなところ

道頓堀の中心に立つ劇場

客席からは舞台が非常に観やすく、多彩な演目を上演しているため、老若男女問わず幅広い層のお客様にご来場いただいております。公演によって劇場の雰囲気ががらりと変わります。
また、道頓堀の中心という立地から、阪神タイガースの優勝やサッカーW杯、ハロウィンといった行事の際には、周辺一帯が大いに盛り上がりお祭り騒ぎのような活気に包まれます。
松竹楽劇部(後のOSK日本歌劇団)が誕生した劇場であり、松竹楽劇部誕生までを描いた、平成26(2014)年9月『道頓堀パラダイス』は、非常に印象に残っています。

支配人
大阪松竹座 勤続年数 15年

1階席のロビー

劇場一階席のロビーは、玄関アーチの窓が非常に多く、そこから差し込む光によって開放的な空間が広がっています。天井のシャンデリアと、情緒あふれる『伊達娘恋緋鹿子(お七)』 の絵画。モダンと和の融合を感じさせてくれる、私のお気に入りの場所です。

案内
大阪松竹座 勤続年数 26年

ロビーから見える道頓堀

事務所から出札へ向かう時にロビーから見える道頓堀の景色が、私のお気に入りです。ガラス扉がまるで絵画の額縁のように街並みを切り取っており、いつも見ていて、物思いに耽ってしまいます。
一番の思い出は、平成10(1998)年9月・10月に上演された二世市川猿翁丈によるスーパー歌舞伎『ヤマトタケル』を観劇したことです。
あれから積み重ねてきた30年という歴史の重みを感じるとともに、当時を思い出すと今でも時々胸が熱くなります。

切符売場

大奈落

歌舞伎やミュージカル、コンサートなど多くの公演で聖地になっている松竹座で開場時から数えきれないほどのさまざまな道具を製作してきました。
1日約1000人のお客様の前で、約30年間、自分たちの汗と涙の結晶を見ていただけたことは生涯の誇りに思います。
その汗と涙、そして多くの絵具がしみ込んだのが「大奈落」と呼ばれる格納スペースです。
時には朝日が昇るまで直し作業に追われたこともありますが、今となっては思い出が、何より特別な酒のあてになっています。

大道具
大阪松竹座 勤続年数 29年

客席と舞台の近さ

客席と舞台の距離が近く、三階席の最後列からでも舞台がよく観えるところが、私の好きなポイントです。舞台面が低めに設計されていることもあり、演者さんの息遣いや迫力を間近に感じられる、この距離感がとても気に入っています。

照明
大阪松竹座 勤続年数 29年

幕溜り

私が好きな場所は、舞台袖の「幕溜り(まくだまり)」と呼ばれる場所です。
私は緞帳操作等でこの場所にいる機会が多く、松竹座は舞台と客席の距離が非常に近いため、舞台裏にいてもお客様の熱気を間近に感じることができます。
カーテンコールの際などにお客様の笑顔が見えた時は、「この瞬間のために頑張ろう」と思える、舞台に関わる喜びを感じさせてくれる場所でした。

操作盤
大阪松竹座 勤続年数 19年

音の響き

私が好きなところは、セリフがよく通る音の響き、舞台と客席の近さ、そしてほどよいキャパシティです。歌舞伎からコンサートまで、幅広いジャンルの公演が行われる点も大きな魅力でした。
17年間の勤務のなかで最も忘れられないのは、急病により降板された方の代役として、急遽舞台に立たれた役者さんの初日です。熱演と温かい客席が一体になった瞬間、感動で涙が止まりませんでした。そんな舞台を肌で感じられる劇場で17年間働けたことは、私の誇りです。

音響
大阪松竹座 勤続年数 17年半

誇り

松竹座に出ている出演者さんから「大阪松竹座が大好き」と言っていただけるところが誇らしいです。

楽屋係
大阪松竹座 勤続年数 11年

迷路のような導線

私のお気に入りは、まるで迷路のように入り組んだ劇場内の動線です。 監事室の作業部屋から舞台へ向かおうとすると、実に7つもの扉を開けなければ辿り着けません。入社当初はよく迷子になり、そのたびに裏方の皆さんに舞台までの行き方を教えていただいたことも、今では思い出です。複雑な構造ゆえ、その導線にほとんど人が来ない場所を見つけることができました。そんな憩いの場を見つけられたことは、大きな収穫です。

監事室
大阪松竹座 勤続年数 3年

劇場前のポスター

劇場前に掲出しているポスターは、公演ごとに手作業で並びを替えています。年季が入っているため、開け閉めに一苦労。トンカチなどの工具を駆使して夏は汗だくに、冬は凍えながらの作業となりますが、ポスターの完成を目の前で待ち構えてくださる方や、記念撮影をされているお客様の姿をお見かけすると、そんな苦労も吹き飛び、うれしく思えました。

宣伝
大阪松竹座 勤続年数 3年

青春時代の思い出

大阪松竹座は、私の青春時代の情熱と想いが詰まった場所です。
19歳の頃、松竹新喜劇に憧れるあまり、通用口から「松竹新喜劇に入りたい」と直談判に伺ったことがありました(もちろんお断りされました…笑)。20歳の時には、初めて自ら窓口に並んで購入したチケットで、憧れの藤山直美さん主演『夢物語 華の道頓堀』(2011年6月)を観劇。二階席で一人大号泣したのも良き思い出です。
もしあの時の経験がなければ、きっと今の自分は松竹にいなかったのではないか――。今もそう思えるほど、私にとってこの劇場は人生の原点です。

販売
大阪松竹座 勤続年数 3年

荘厳なファサード

なんといっても、荘厳なファサード!
日本初の鉄筋コンクリート造、ネオ・ルネッサンス様式の外観が、道頓堀特有のエネルギッシュな喧騒、そしてシンボルでもあるグリコサインを抜けると、突如として圧倒的な気品を漂わせながら現れます。

企画営業
大阪松竹座 勤続年数 5年

監事室からの景色

私のお気に入りは、客席後方にある監事室からの景色です。監事室の担当者はここから舞台の進行や、客席のお客様のご様子を日々見守っております。
室内は想像以上に真っ暗で、足元も見えないほど。その分、舞台は視覚的にも心象的にも、ひときわ眩しく、輝いています。私の松竹人生における大切な「原風景」です。

経理
大阪松竹座 勤続年数 7年

豊かなラインナップ

大阪松竹座は、映画館から芝居の劇場へと変遷を遂げ、現在では同一の劇場とは思えないほど多種多様な演目を上演しております。それに伴い、ご来場いただくお客様の層も幅広く、公演ごとに劇場内の雰囲気ががらりと一変いたします。このバラエティ豊かなラインナップと、変化に富んだ様子こそが、大阪松竹座ならではの大きな魅力であり、不思議な魅力だと感じております。

劇場運営
大阪松竹座 勤続年数 15年

階段

大阪松竹座は、客席が建物の3階から5階にあります。なにかと階段で客席へ行くことも多く、3階席…つまり建物の5階まで階段を駆け上がることもしばしば。一日に何度も往復していると、脚もガクガクになっていました。それも良い思い出です。
階段のところにも丸い窓があったり、踊り場の窓から道頓堀の街や、外観の天使ちゃんが見えたりと、洋風ならではの魅力がありました。

宣伝
大阪松竹座 勤続年数 8年

しょーちまる

地域の皆さんにも愛していただいた大阪松竹座。100周年の際には、大阪芸術大学との産学連携プロジェクトによって、新たに公式キャラクターが誕生しました。SHOWの聖地であり続けたいという願いと、劇場の名前から、「しょーちまる」と名付けられました。「しょーちまる」はいつも、皆さまのご来場とお帰りを見守っておりました。たくさんのご来場、誠にありがとうございました。

「大阪松竹座、100年の歩みと感謝を込めて」

1923年、道頓堀初の鉄筋コンクリート造りの洋式劇場として誕生した大阪松竹座は、「道頓堀の凱旋門」とも呼ばれ、上質で優れた映画の上映と新進気鋭の多彩な実演を組み合わせた新しい興行スタイルの劇場として人気を博しました。戦禍を免れ、時代が移り変わるなかで、今日までこの場所で文化の灯をともし続けられましたのは、ひとえに、これまで足を運んでくださった皆様のご支援があったからこそと存じます。
私たちとともに上方の文化と芸能を大切に育んでくださった皆様が、一世紀にわたり劇場に刻んでくださった思い出は、私たちスタッフにとってもかけがえのない宝物です。
103年の歴史に一旦幕を閉じることとなりますが、数々の名舞台が放った輝きは、これからも皆様の心に鮮やかに残り続けると信じております。
末筆ながら、長年のご愛顧に、改めて心より深く御礼申し上げます。

大阪松竹座 支配人