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勘九郎、七之助が語る「平成中村座」

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 2015年4月・5月 「平成中村座」公演に向け、中村勘九郎、中村七之助が公演への思いを語りました。

勘九郎、七之助が語る「平成中村座」

 十八世中村勘三郎が立ち上げた「平成中村座」が、浅草の地に3年ぶりに帰ってきます。「父が逝った後もこうして『平成中村座』ができるのは、皆さんのおかげ、地元浅草の方々のお力添えがあったからこそ」と喜びいっぱいに語った勘九郎。「父の残してくれたニューヨーク公演、納涼歌舞伎、それから追善公演と京都の顔見世でも父を偲んで『七段目』、こんなありがたい一年の最後に、うれしい報告ができる」と七之助も感謝の気持ちを表しました。

 今回の「平成中村座」公演は浅草寺境内で、4月上旬から5月上旬の上演となります。「浅草の方々が命を懸けている三社祭の神輿が並ぶ場所に、そのお祭りの直前に芝居小屋を建てさせていただける。本当に幸せなことです。皆さんに、そして父に感謝してやらなければいけない」と勘九郎が言うと、七之助も「平成中村座はお客様が温かいので、役者としては早く舞台に立ちたい。また、“世界一”のお茶子さんに会いたい」と、春が待ちきれない様子でした。

勘九郎、七之助が語る「平成中村座」

江戸の芝居小屋で『勧進帳』を
 十八世勘三郎を偲ぶ気持ちは、出演演目への思いへとつながります。『角力場』で幕を開ける昼の部では、平成中村座で初めての『勧進帳』を上演。「父もやりたかったろうと思います」と言う勘九郎は初役の富樫が「うれしい」と語り、「父が大好きだった役、ぜひ父に見てもらいたい」義経を七之助が勤めます。七之助は、「團十郎のおじ様の弁慶で勤めた義経が今でも宝物」(平成23年2月御園座)と続けました。

 「実は11月の『鶴八鶴次郎』(新橋演舞場)、場末で鶴次郎がお酒を呑むシーンで使っていたのは父の宗五郎の湯呑だったんですよ。いつか宗五郎をやりたいなと思っていたんです」と、勘九郎が明かした『魚屋宗五郎』。「江戸の雰囲気を残す平成中村座で生世話ができる。気を引き締めてやります」。七之助は、「父の宗五郎をずっと見ていた(平成19年4月歌舞伎座)」とき、「時蔵のおじ様のおはまがすごく素敵だった」と言うおはまに挑戦します。

勘三郎が託したお三輪
 夜の部は『三笠山御殿』から。勘九郎襲名の平成24年9月大阪松竹座で七之助がお三輪を勤めたとき、「病室で、実は俺がやりたいんだよ、ちゃんとやれよ、と父が言ったのを聞いてから大阪に行きました」と、七之助が心に強く残る思い出とともに、再びお三輪を勤めます。豆腐買の勘九郎は息子の七緒八を連れて出演。七緒八について「初の女方、どうかな」と心配するのは勘九郎、「初中村座をどう感じるか、聞きたいですね」と七之助。いずれはここで一緒にやっていくとの思いを込めての平成中村座初御目見得です。

 続く、『高坏』は「桜の季節、平成中村座復活の舞台、ぜひやりたかった」と勘九郎。最後は『幡随長兵衛』、主な出演者がそろって締めくくります。「皆で一緒にやっていく、これらからもずっとそうしていきたい」と、“チーム一丸となって”一所懸命勤めるという心意気を見せました。「平成中村座は、似合わない演目がないくらいなんでもできるのが魅力の一つ。初めてご覧になる方も何度もご覧になっている方も楽しめると思います」と七之助も話しました。

 公演に向けては、地元浅草の方々によって隅田川河畔に「平成中村座発祥の地」記念碑建立や、浅草公会堂前にある鼠小僧の像の顔を十八世勘三郎の顔につくり直すといった話も出てきているようです。「父が本気で愛したからこそ、皆様に愛していただける」と、二人は何度も生前の父親に思いを馳せ、「役者としてだけでなく、男として、人間としていろいろ学んだ」(勘九郎)、とあらためて十八世勘三郎の記憶を呼び起こさせました。

 「父の熱い魂を引き継いで一所懸命勤める」(勘九郎)、「お客様に喜んでいただけるよう、精いっぱい一カ月走り続ける」(七之助)と来春に向け、さらには、新たな平成中村座誕生に向け、力強く宣言した二人。「劇場に“隠れ勘三郎”をつくりましょうか」とファンサービスも忘れない、「平成中村座」らしい会見となりました。

2014年12月23日

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