歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



助け合いの精神。今の日本に一番必要なこと

 『権三と助十』は駕籠かきのコンビで、長屋でも隣同士に住む権三と助十のお話です。同じ長屋の住人が殺人の疑いでつかまった。息子の彦三郎は父の無実を信じて奔走している。実は権三と助十は殺しのあった日に怪しい振る舞いをする男を見ていた……。権三は初役ですが、助十は5回なさっています。

 初演が十五世市村羽左衛門の権三、二世市川左團次の助十。権三はすっきりとしていて遊女上がりのおかんという女房がいる。一方の助十は気が良くて無骨で荒っぽく、助八という弟がいる。そこに2人の対比が出る。漫才で言えば、突っ込みとボケですが、僕のタイプからは無骨な感じが出づらい。助十では苦労していました。今回は松緑君の助十。僕とは柄も違いますし、初演の2人のような対照の妙が出ればと思います。

 推理劇であると同時に、井戸替えなど江戸の風俗が描かれた芝居ですね。

 日本人の美徳である助け合いの精神がうまく描き出されている芝居です。今の日本に一番必要なことではないでしょうか。この芝居に初出演したのが平成3年。それから平成18年までに5回演じていますが、お客さんの反応が変わってきたと感じます。難しい芝居ではありませんが、井戸替えや長屋の暮らし方に象徴されるような隣近所との付き合い方が年を追うごとに変わったり、薄くなってきたりしている。登場するのは駕籠かき、猿廻し、願人坊主。みんな貧しいけれど助け合う気持ちや良心をもっている。残したい世界です。どこまでお客様に共感していただけるか。こちらに色濃いリアリティが出ないといけないと思います。

 昼の部では『封印切』の八右衛門、夜の部では『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』の正清をなさいます。

 八右衛門は2回目。難しいのは体から出る上方の商人の匂いです。山城屋のお兄さん(坂田藤十郎さん)や先代鴈治郎のおじさんにはそれがある。八右衛門はアクの強さ、粘りけみたいなものが必要ですが、ボンボンでもあるし、完全な悪人ではない。かつ忠兵衛が小判の封印を切れるように、怒らせてあげなければいけない。そういう意味では敵役に近い。
 正清は初役ですが、20歳ぐらいで受けた名題試験の課題で演じました。それ以来です。出番は少ないですが、光秀と久吉と3人で幕を締める役です。義太夫物はちょっと出るだけでも大変なことが多く、芝居としての厚みを感じます。