歌舞伎いろは

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人間国宝の孫という重圧、そして突き抜けた瞬間へ

 4年程前から子供の間で大流行している落語がある。古典落語の「寿限無(じゅげむ)」だ。ある番組がきっかけで、はじめは「寿限無」の長い名前の部分だけが流行した。だが、花緑さんが出演し「寿限無」を演じたことでブームは一層加速し、子供が落語そのものに興味を持つようになった。
 「番組出演の依頼があったとき、15分の話を3分にし、子供の興味をそそる構成にしたら当たった。そして落語が皆が認知された。子供寄席でも、すごい集中力で聞いて笑ってくれますよ!」という花緑さん。

 落語が年齢を問わず認知されたことを喜び、誇りを持っている彼だが、逃れられない運命に苦悩したこともある。人間国宝・5代目柳家小さんの孫という事実が、彼を苦しめた。祖父のみならず、「将来のため妥協無く厳しかった」母親や周囲の、期待とプレッシャーに押しつぶされそうになった。

 中学を卒業し、改めて小さんに入門。前座、二つ目、真打に昇進してからも、「柳家花緑」には「小さんの孫」というキャッチコピーがついているような気がした。
 「本物になりたいと思っていた。でも、小さんの孫という事実が、柳家『付録』って感じにさせていた」。
 他の落語家と同じように厳しい修行をし、小さんの孫だからと甘やかされたことは無かったが、その事実に思い悩み、鬱々とした日を過ごした。そこから突き抜けられたきっかけも、やはり「本物になること」への憧れだった。

 「ちゃんと一人前になりたいから、悩んでばかりいないで、まず他人の話を聞こうと思いました。とにかく色々な人の話を聞きたいと。だから僕は、自分の力で見いだしたことより、周りの人に教えてもらったことがほとんど。一人でやろうとすると『一人力』。でも百人の人に感謝をしながら協力をしてもらうと、それは『百人力』になる。それを実践してきて、今があるんです」。

 周囲の人々に支えられ、少しずつ自分の存在が明確に掴めてきた。あれほど思い悩んだ運命の壁は、「乗り越えた」のではなく、「はじめから無かった」ことに気がついた。そして、18の頃から強く憧れ、なりたいと願ってきた『本物』よりも、今の『柳家花緑』はそれ以上の存在になることができたのだ。

※前座・二つ目=落語家の階級で、真打になる前の二段階。