歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



サドラーズ・ウェルズ劇場で上演された「松竹大歌舞伎 ロンドン公演」のチラシ
『義経千本桜』(平成20年7月 歌舞伎座)より。
左は「吉野山」の忠信実は源九郎狐、右は「川連法眼館」の佐藤忠信  撮影:松竹株式会社
2点とも『義経千本桜』 「川連法眼館」(平成20年7月 歌舞伎座)の忠信実は源九郎狐 撮影:松竹株式会社
 

海外公演で感じた世界の中の日本の心

 ロンドン、ローマとヨーロッパでの公演を終えて帰国されましたが、大変好評だったとのこと、おめでとうございます。『義経千本桜』のうち、「鳥居前」から「四の切(川連法眼館)」という“忠信篇”を上演されたわけですが、反響はいかがでしたか?

 いろいろな楽しみ方をしてくださったと思います。『義経千本桜』はイメージとしては「四の切」なのでしょうが、現地のお客様はそれぞれ楽しむところが違っていて、荒事を楽しまれる方、吉野山という舞踊に共鳴して清元と竹本のハーモニーにおもしろさを見出す方、「四の切」のスピーディーなところやケレンに驚かれる方とさまざまでした。ですから僕も、「ここに力を入れよう」とこだわってしまうのではなく、すべて一生懸命に演じたつもりです。一部にこだわると芝居が小さくなってしまうし、本当によい部分を失ってしまう可能性があると思ったから。力一杯やらせていただいたことが、お客様に伝わったのではないでしょうか。

 海老蔵さんご自身は、『義経千本桜』の中に、日本人だからわかる部分をお感じになることはありますか?

 「日本人だからわかる部分」というふうに、限定する気持ちは僕にはありません。義経と忠信の主従の情、義経と静御前の男女の情、そして(狐)忠信が「初音の鼓」(狐忠信の親狐が殺され、その皮を使って作られた鼓)に寄せる親子の情と、この芝居にはさまざまな人間の情が盛り込まれています。
 たとえば主(しゅう)のため、仕事のために子を殺すということでも、聖書に似たようなシーンがあるんですよ。外国の方にとっても、決してなじみのない感情ではない。


 『旧約聖書』には、神に信仰心を試されたアブラハムが、嫡子イサクを生贄として神に捧げようとする場面が登場します。

 そう。国は違っても共感して下さるところはたくさんあるんです。また、騎士(ナイト)が主君に抱く忠誠心とかね。男女や親子の情は言うまでもありません。たぶん、どのような感情でも人類は共通して持っていて、それに対する感度がたまたま文化的、歴史的な理由から鋭いかどうかだけの違いだと思う。

 では、あまり違いは感じられませんでしたか。

 違うところといえば、日本人って繊細なんだなと改めて実感したことでしょうか。非常に細かいところまで気を配るのが日本人。街を歩いていても、日本や日本人の良さを思い出すことが多かったです。繊細で丁寧で、思いやりがある。とてもすぐれたところがたくさんあると思い、もっと自信を持っていいのではないかと思いました。

 ものを渡すしぐさひとつとっても丁寧ですよね。海外では買い物をした時など、荒っぽくお釣りを投げ出されて嫌な思いをすることもたびたびです。外国ではそれが普通なのだから、慣れなくてはいけないのですが。

 違いを一番感じたのは食事ですね! 僕、ローマに行くのをとても楽しみにしていたんです。イタリア料理が好きなので、きっとおいしいものがたくさん食べられるだろうと思って。ところが、どの店でもパスタやピッツァは日本で食べるものの方がおいしかった……。そこまで外国の料理をおいしく作れるのは、高い研究心とか向上心が日本人にあるからできることでしょ。それは誇っていいと思う。何事もより繊細に、より美しく、食べ物ならよりおいしくと自ら成長していく力があることを、今回の公演でも実感しました。

MADE IN NIPPON!

バックナンバー