歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

役者の肉体と精神で伝えたい「日本の心」

 橋之助さんがぜひ受け継いでいきたい「日本の心」とはどのようなものがあるのでしょうか。『熊谷陣屋』などは実に日本的なお芝居と思うのですが、若い観客の中には「主君のために自分の子供を差し出すなんて理不尽極まりない!」と、芝居そのものを否定してしまう方もいるようです。確かに現代人の感覚では理解できないところもあるとは思いますが……。

 難しい問題ですね。お家のために自分の子供を身代りにするとか、切腹するという話は歌舞伎にはしばしば登場します。でも、現代の日本人は会社のために何かをするという気持ちも薄れていますし、若いお客様が「理不尽で理解できない」とおっしゃるお気持ちもよくわかるのです。理解できそうにない気持ちを現代人である僕たち役者がどのように表現していくのか、本当に大変なことです。

 理屈では理解できないこと、せりふだけでは言い表せないことを僕たち役者の肉体と精神によって表現し、壁を乗り越えていかなければならない。歌舞伎とはそういう演劇ではないのか、と思うのですが、答えはまだ出ていません。でも、おそらくこれがいちばん大事な部分ですよね。「理不尽で理解できない」という気持ちがどんどん若い世代に伝わっていったら、『熊谷陣屋』も『菅原伝授手習鑑』も『盛綱陣屋』も『仮名手本忠臣蔵』も、全部がダメということになってしまう。今回の十月の平成中村座に出る『封印切』だってそうですよ。

 僕はたくさんの先輩方から教えていただきました。そこで学んだことの一つが、型は大切だけれども、それ以上に大切なのは役の心を表現することだということです。役者だって現代人ですから、役に入るのが大変なこともあるけれど、深く心を理解することで現代のお客様に伝わるように演じていきたいと思っています。

 三人の息子さんがいらっしゃいます。伝えることはたくさんありますね。

 先日も中学三年生になった長男の国生が「役者をやらせてください」と、きちんと申し入れてきました。どんな役でもいいから、と。国生は芝居が好きで、熱心に稽古をしたり、何回も歌舞伎の舞台を観にきたりしています。いとこである勘太郎(中村勘太郎さん)に憧れて、劇場に来るとすぐに勘太郎の楽屋に行ってしまう。僕が小さい頃もそうでしたよ。それが歌舞伎のいいところで、歌舞伎界で育って歌舞伎をちゃんと見ていればグレません(笑)。あとは、うちの母がよく言っていたように、息子たちには「常に謙虚に」と伝えたいですね。

 
 

中村橋之助

昭和40年8月31日生まれ。七代目中村芝翫の次男。45年5月国立劇場『柳影沢蛍火(やなぎかげさわのほたるび)』の吉松君で中村幸二の名で初舞台。55年4月歌舞伎座『沓手鳥孤城落月(ほととぎすこじょうのらくげつ)』の裸武者石川銀八ほかで三代目中村橋之助を襲名。今年3月は国立劇場で『金門五山桐(きんもんごさんのきり)』の通しで石川五右衛門を、先月は(社)全国公立文化施設協会主催西コース 松竹大歌舞伎で『鳴神』の鳴神上人そして今月の熊谷直実と、古典の大役が続いている。

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