歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

受け継いでいく芸と「和」が「日本の心」

 愛之助さんがお感じになる「日本の心」にはどういうものがありますか?

 日本の心は一言で言うなら「和」ですね。平和の「和」であり、「和物」の「和」でもあります。最近夏には若い方が浴衣姿で歩いていますが、とてもいいと思います。着物はこんなに素晴らしいものなのに、忘れられていましたから。家に着物はたくさんあるけれど、自分で着られないという方が多いのではないでしょうか。

 せっかく日本人に生まれたのだから、歌舞伎を知った上で海外の文化にも興味があるというのがいいと思うんです。現実には海外の方のほうが歌舞伎に興味を持っている。まず自分たちの文化を知って、海外に行ってそれを自慢してほしいですね。着物だってその一つです。日本独特の文化なのだから、和の心とモノを忘れてほしくないと思います。慣れれば「こんなにいいものだったか」と思うに違いありません。「着物は苦しい」という人がいますが、それは人に着せてもらっているから。帯を自分で締められるようになれば、楽な着方がわかります。高いと言うけれど、長い目で見たらかえって安上がりですよ。少しぐらい太ったり痩せたりしても着られますから(笑)。おばあちゃん、おかあさんの着物だって大丈夫。エコそのものです。男性も着物が着られたら格好いい。


 一度歌舞伎に来ていただき、『吃又』のように舞台で着替えるシーンがある芝居を観れば、男性ならものの1分で着られるものだということがわかると思います。

 その点「新春浅草歌舞伎」がいいのは「着物で歌舞伎の日」というのがあって、お客様が全員着物姿で来ていただく日があること。舞台から見ていても壮観ですよ。お正月らしい華やぎがあっていいものです。

 また「新春浅草歌舞伎」では「お年玉ご挨拶」があって、俳優が一人、交替で裃姿のままお客様の前に出て、フリートークをする時間があります。僕も客席に降りたりして、お客様と親しく触れ合うよい機会となっています。フリートークなので2分でも5分でも10分でもいい。ぜひ続けてほしいという声もいただいておりまして、ありがたいことです。


 本当にお忙しい愛之助さんですが、お正月はどのようにお過ごしになるのでしょうか。

 毎年必ず大晦日には京都に帰ります。父(秀太郎)は「忙しいんやから無理して帰ってこんでもええよ」と言ってくれるのですが、片岡家に入れていただいたご恩がありますので、これだけは死ぬまで続けるつもりです。お正月には嵯峨の家に片岡家の人たちとお弟子さんたちが全員集まってお祝い。 三が日は、京、大坂、江戸の三都で座頭がとれるような役者になるという意味を込めて、大きな頭芋の入った三都にちなんだ三種類のお雑煮を、毎年必ずいただくことになっているんですよ。僕は元日にお雑煮をいただいてからご挨拶まわりをして、夜には東京に戻ります。2日は「新春浅草歌舞伎」の初日で鏡開き。慌ただしくて戦争のようですが、これが僕のお正月なんです。
 
 

片岡愛之助

昭和47年3月4日生まれ。56年12月、十三世片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持で片岡千代丸を名乗り初舞台。平成4年1月、片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目片岡愛之助を襲名。20年12月上方舞・楳茂都流の四代目家元を継承し三代目楳茂都扇性(せんしょう)を襲名した。

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