草と夜露

『鳥辺山心中』四條河原の場 半九郎衣裳
黒綸子着付(くろりんずきつけ)

同、お染衣裳
紫縮緬露芝裾模様着付(むらさきちりめんつゆしばすそもようきつけ)

 終盤、お染と半九郎は、晴れ着にするはずだった新調の着物に着替え、京の葬場である鳥辺山をめざします。義太夫の詞章に、「おんな肌には白無垢や、うえにむらさき藤の紋、中着(なかぎ)緋紗綾(ひざや)に黒繻子の帯…」「おとこも肌は白小袖にて黒き綸子に色あさ黄うら」とある通り、お染は『紫縮緬露芝裾模様着付(むらさきちりめんつゆしばすそもようきつけ)』、紫に藤の花を散らした小袖で、その裾には「露芝(つゆしば)」の文様が描かれています。

 露芝というのは、細い半月形がいくつか重なり合ったところに、丸い玉をおいた模様です。半月の線は芝草、玉は水滴で、生い茂った草に露が降りているところを写しています。
 すっきりと品がよく涼しげな感じを受けるので、現在でも夏の着物などによくみかけますが、能装束にも使われている伝統的な文様です。舞台衣裳としては“草叢(くさむら)と露”という本来の意味を生かして、草深い場所にいる人物の衣裳に用いられることが多いようです。りっぱなお屋敷のなかでもなく、都大路の真ん中でもない、人もあまり通らぬ細い道や草叢を露に濡れるのもいとわずに歩いてきた、もしくは歩いていく、という情景が連想されます。また、本来ならばこのようなところにいるべき人ではないけれど、何らかの事情で草深い庵にひっそり暮らしているのかもしれない…という想像をも誘います。

こころを映す、歌舞伎の舞台

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