四代目歌舞伎座が閉場して、ものづくりに携わる者として思うこと

INAXライブミュージアムの中にある「世界のタイル博物館」
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 INAXライブミュージアムの「ものづくり工房」では、国内外アーティストや建築家・デザイナーとの交流を通して斬新なものづくりを行う中で、古い建物に使用されていたタイルの復元も行っています。この復元作業は、形状や表情だけを復元するのではなく、当時の歴史的背景や技術を調査しながら、当時の設計者や職人たちの苦労や思いなど、ものに込められた“こころ”を知ることを重要視して作業を行っています。今回は、先月(5月)15日に東京国立博物館で行われたセミナーを通して、改めて感じた「ものづくりのこころ」についてお話しいたします。

セミナー『東京国立博物館-モザイク装飾を読み解く-』から
写真1 企画展の様子

 今年5月15日、東京国立博物館「国際博物館の日」記念事業2010で、『東京国立博物館-モザイク装飾を読み解く-』と題して坂井編集企画事務所の坂井基樹さん、株式会社左官の久住有生(なおき)親方と一緒にセミナーを開催しました。このセミナーは2009年1〜6月開催の企画展「ゆらぎ・モザイク考」の中で、同博物館1階ラウンジの壁面を再現したことで、東京国立博物館から依頼を受けたものです。昨年この連載でもご紹介したように、ものづくり工房の職人が制作したモザイクタイルと左官職人による漆喰の壁の見事な調和を再現したことでわかった、「お互いに主張しない」という日本の職人たちの心意気を、このセミナーでも伝えたつもりです。(復元の詳細は、歌舞伎美人の バックナンバーをご参照ください。)

 久住親方が話した、当時の建築資料に書かれたアメリカの規格に従う和風の壁という矛盾に戸惑ったことや、当時の職人と設計者のやりとりを推測しながら再現したこと、さらには空間としての壁をすばらしいものにするためには職人としての自我を押し殺すことが必要だったことなどは、後日のセミナー参加者のブログ等でも興味深い内容だと紹介されていました。

写真2 ラウンジで説明する久住氏

 セミナー終了後に、実際にラウンジで現物を前に話の続きをする機会があり、「今まであまり気にしていなかった壁にそんな歴史があったとは知らなかった」とか「気になっていた壁であったが、改めてその事実を知ってみると違って見える」といった感想を伺うことができ、当時の職人の心意気に多くの方が感銘を受けたことを確信しました。
 また、ラウンジ壁面デザインを設計した宮内省内匠寮(たくみりょう)の雪野元吉氏のご子息でセミナーに参加されていた雪野潔氏から、設計者にとっても忘れられない現場であったことを伺いました。今回のセミナーでは、職人からの立場で再現しながら考えたことを話しましたが、おそらく、当時の設計者と職人との間には凄まじいやりとりがあったものと推測します。「真のものづくりとは喜怒哀楽を共にすることである」とは、私の恩師から教わった言葉ですが、効率化や合理化を進める中で、喜怒哀楽の共有という「ものづくり」の原点の大切さを、「ものづくり」の企業は忘れてはいけないと考えています。

文:INAX文化推進部ミュージアム活動推進室 室長 後藤泰男


こころを映す、歌舞伎の舞台

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