歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 

庶民にとっては医者よりも薬売り

身分をやつしている人にも、よく愛用される袖無し羽織。頭巾とのセットは「物売り」の象徴。
 歌舞伎の世界の美しい「病人」達の話から、実際の江戸の町に目を向けてみましょう。当時、江戸の庶民達は病気になった時、どんな風に治療をしていたのでしょう。お金があれば町医者に診てもらっていたはずですが、今のように資格や免許があったわけではないので、かなり非科学的な治療も横行していたようです。でたらめな病名をつけて高価な診察料や薬代を要求するふとどきな「医者」も多かったことから「医は仁術ならぬ、医は算術」などと蔭で言われていました。ですから、庶民は安価な売薬や鍼灸などに頼っていたようです。富山の「反魂丹(はんごんたん)」、伊勢の「万金丹(まんきんたん)」、近江の「和中散(わちゅうさん)」などが庶民の万能薬として広まっていたそうです。

 歌舞伎の中では印象に残るキャラクターを持った医者はあまり出てきませんが、薬売りなら『外郎売(ういろううり)』がお馴染みでしょう。「外郎」というのはのどの薬のことで、この売人に化けた曽我五郎が仇の工藤祐経に近づくという筋で、歌舞伎十八番の一つです。小田原名物の妙薬・外郎の故事来歴や効能を面白おかしく語り始め、一服飲めば効果てきめん。舌が滑らかになって早口の言い立てを鮮やかにやってみせるのがこの演目の見せ場です。声や言葉を職業とする声優、俳優、アナウンサーなどの人たちが、発声・発音のトレーニングにこの「外郎売」のセリフを使っているそうです。