四代目歌舞伎座が閉場して、ものづくりに携わる者として思うこと

INAXライブミュージアムの中にある「世界のタイル博物館」
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 INAXライブミュージアムの「ものづくり工房」では、国内外アーティストや建築家・デザイナーとの交流を通して斬新なものづくりを行う中で、古い建物に使用されていたタイルの復元も行っています。この復元作業は、形状や表情だけを復元するのではなく、当時の歴史的背景や技術を調査しながら、当時の設計者や職人たちの苦労や思いなど、ものに込められた“こころ”を知ることを重要視して作業を行っています。今回は、官公庁庁舎あるいは大学校舎の外壁によく使われているスクラッチタイルについてお話しいたします。

スクラッチタイルと浮世絵「大橋あたけの夕立」の共通点
写真1 北海道大学校舎 スクラッチタイル
 
写真2 北海道大学農学部入口外壁
 
図1:歌川広重 名所江戸百景「大橋あたけの夕立」(画像提供:アダチ版画研究所
 
写真3  粗目のスクラッチを施した復古調の土ものタイル「スクラッチタイル さわらび」

 大正末から昭和の初めに建設された、帝国ホテル旧本館、旧総理大臣官邸、早稲田大学大隈講堂、東京大学校舎、北海道大学校舎など当時の多くの官公庁庁舎あるいは大学校舎の外壁にはスクラッチタイルと呼ばれるタイルが使用されています。実際に焼く前の粘土表面を釘などの棒で引っ掻いて溝を彫ることからスクラッチ(=引っ掻き)という名称がついたようです。近年これらいくつかの建築物のスクラッチタイル保存復元に際し、INAXのものづくり工房が携わる機会に恵まれ、このタイルの不思議な魅力を改めて感じることとなりました。それは、復元しようとするタイルが、色調や明度もばらばらで一枚のタイルを見るかぎり、壁面として存在していたときの落ち着きや重厚さを感じ難かったのに対し、完成した壁面を見てみると色合や色調のバラツキを感じることなく、落ち着きを感じることができることでした。

 この疑問を解決してくれたのが、新しい歌舞伎座の設計者でもある隈研吾氏の著書『自然な建築』でした。隈氏は、スクラッチタイルの表面に刻まれた溝と突起物でできる陰影が、ばらばらなタイルの色にすべて影の色が重なって調子を作っており、建築と環境のトーンが揃うのであると言及しています。また、別章でスクラッチタイルを日本で初めて用いた建築家フランク・ロイド・ライト(以下ライト)と浮世絵の関係に関する考察をしています。ライトが浮世絵コレクターであることは有名ですが、歌川広重の名所江戸百景の「大橋あたけの夕立」を取り上げ、広重が最晩年到達した縦長のフレームに表現される雨、大橋、川面、対岸という層で奥行きを表現する手法にライトは感動し強く影響を受けたと書いています。2つの内容を隈氏は別々な章で取り扱っていますが、これらのことからスクラッチタイルの縦溝の線と「大橋あたけの夕立」に縦に描かれた雨の細い線に強い共通点があるのではないかと感じました。それは、タイル表面のスクラッチによる縦溝でできる陰影と、「大橋あたけの夕立」に描かれた細い雨の線は、違った色合を持つタイルや絵に描かれた橋、川、対岸の対比を曖昧にし、それぞれに調和と奥行きを感じさせるという同じ効果を持たせていると考えたわけです。

 スクラッチタイルは、最初の登場から90年以上経つ今でもINAXの定番商品です。誕生に日本の浮世絵と関連があったのかもしれないと考えると、日本人に長く使用され続けているのは当然の結果かもしれないと考えています。
* 参考文献;隈研吾、『自然な建築』、岩波新書 2008年発行

文:INAX文化推進部ミュージアム活動推進室 室長 後藤泰男


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