歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



蔵の中に収められている鎧。身に着けるものだが、鎧は衣裳ではなく「小道具」なのだ

江戸・猿若三座の地にいまも残る秘蔵

 歌舞伎の舞台を支える力――それは何より、俳優、そしてそれぞれの職人たちが持つ〈本物〉へのこだわりに相違ない。そこで今回お訪ねしたのは、歌舞伎をはじめ舞台・テレビ等の小道具を扱う藤浪小道具㈱。浅草にある本社は、江戸時代、天保の改革によって江戸三座が移転した猿若町(旧町名)にあり、もともとこの地にいた初代・藤浪與兵衛によって創業された。

 「三座が猿若町に移ってきた当時、どうやら劇場に座布団を貸し出していたようなんですね。江戸時代、歌舞伎芝居の小道具というのは、役者が自分で用意・管理するものだったんですが、嘉永3年に三座の申し合わせによって、持ち物・小物類もすべて座方扱いになった。それを機に、初代が市村座で仕事を得たのが藤浪小道具のはじまりなんです」と、語るのは湯川彰社長(72歳)。

 初代は各地を回って、煙草入れ、煙管(きせる)、刀、鎧などの収集に奔走。その後、明治5年に小道具業として企業化すると、28年には藤浪小道具の命ともいうべき蔵が完成した。

 蔵は、関東大震災、第二次世界大戦の大火をもくぐりぬけ、いまなお現役。地下1階、地上3階建ての蔵内には、江戸時代から伝わる刀に鎧、煙草入れ、煙管、香盆、そして切首……など、歌舞伎の舞台に欠かせない〈本物〉が丁寧かつ慎重に管理されている。

 「刀だけで数万本。廃刀令が出たときに民家から集めたようですね。刃は換えていますが、なかには真剣もある。蔵に保管されている道具は、当時、実際に使用されていた本物ばかり。この蔵がなくては歌舞伎になりません」


火災になっても火が入らないように、扉の周りには目張りが入れられた堅牢な蔵。この蔵があったからこそ、貴重な小道具の数々が戦火を免れた


蔵の中にはおびただしい数の刀が並ぶ。真剣ではないが、刀の柄(つか)や鞘(さや)、鍔(つば)は作り物ではなく本物


侠客が持つ刀の鞘は鮫の皮を張った鮫鞘(さめざや)がお約束。今では昔のような「玉」の大きな柄の皮は手に入らないので、修理しながら大切に使っている。長い方が『白浪五人男』の日本駄右衛門の一本差で、短い方が弁天小僧菊之助の一本差


『白浪五人男』の煙草入れ。今では、ここまで凝った象牙の根付と鎖、装飾の金物を作れる職人さんが見つからないという


お馴染みの首実検で登場する切首。小太郎の首は桐でできている。きれいに手入れされているが、約100年も前に作られたものらしい