歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


1演目で必要な小道具は、1000アイテム

 あふれるような色彩、大胆な景色に満ちた歌舞伎の舞台美術。それは、幕開きの一瞬にして観客の目を奪う強い力を持っています。やがて舞台のディテールに目を向けると、刀など俳優が手にする道具から、火鉢や行燈、箪笥まで、実にリアルで精緻な小道具が揃えられていることに気づきます。今回は、その小道具のお話です。

 歌舞伎の裏方の仕事は、分業制によって切り分けられていますが、小道具を一手に担っているのが浅草にある藤浪小道具株式会社です。ここで35年間、歌舞伎の小道具を担当している瀬田五郎さんに、まずは日ごろのお仕事についてお話をうかがいました。

 「次の演目が決まるとすぐに準備に入りますが、時間があまりないので、初日までに間に合わせること自体がとても大変なんです。1つの演目で準備するアイテムは、だいたい600〜1,000点位あるといわれています。それを担当するんですが、これを任されるようになったのは働きはじめて20年目くらいだったかな。長年携わっていても、1度もやったことのない演目もあるから、終わりはないですね。

 それに同じ演目でも、演じる役者さんの好みや考え方によってどんな道具を揃えるかは異なってくるんです。もちろん<この演目の掛け軸は、これ>という風に、決まり事も多くあります。でも、例えば香炉などは、ある程度選択の幅があるから、そのあたりはこちらが用意したものと役者さんの意図するものが違うことだってよくあるんです。小道具は未知の世界だな、とつくづく感じます」


 瀬田さんの語り口は、とてもさばさばしています。しかし、その言葉のはしばしから、歌舞伎の舞台を支えているという矜持、そして心底この仕事に惚れ込んでいる熱い気持ちが、びんびんと感じられました。

夕涼み
瀬田五郎さん。小道具の名称がわからず曖昧な質問をしていても「あ、枕屏風ね」とすぐに巨大迷路のような倉庫の中のその場所に、さっと案内してくれる。小道具さんたちの動きは、とても俊敏!
夕涼み
社長の湯川彰さん。「この蔵は、明治27年に建てられた後、関東大震災や空襲にも耐えて、小道具を守ったんですよ。戦後すぐに歌舞伎が上演できたのも、この蔵のおかげです」
夕涼み
「写真を撮るので集まってください」と湯川さんが社内放送をかけると、お忙しいなか皆さん笑顔で集まってくださった。チームワークのよさがうかがえる。