歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


刀や鎧は、奥深く果てがない

 「歌舞伎の小道具のしかけは、単純なほどよい」。これは<小道具編1>の取材で最も印象に残った言葉です。そこで今回は、数ある歌舞伎の小道具のなかでも最もシンプルなしかけ<差金(さしがね)>に迫ってみたいと思います。

 お話をうかがうのは、藤浪小道具株式会社の演劇部長・取締役の縄田美範さん。たくさんの小道具がひしめく倉庫で、小道具という仕事の概略からおたずねしました。

 「小道具の仕事は、膨大な道具を管理する管財部、製作や修理を担当する製作部、そして演劇部に分かれています。私たち演劇部は、新しく決まった演目にどんな道具が必要かを判断して附帳(つけちょう)をつくり、道具をそろえて劇場に納めるのが仕事です。公演がはじまると、毎日朝から晩まで劇場に詰めて、演目ごとに必要な道具の準備をしたり、傷んだものの修理をしたりします。

 刀や扇など、俳優さんが手にするものを<持道具>と呼びますが、これらは俳優さんのこだわりもあるので、どれを選ぶかはとても難しいんですよ。特に刀は、鍔(つば)、鞘(さや)、提緒(さげお)など複数のアイテムを組み合わせた複雑な道具で、決まり事も多い。それに俳優さんの体格に合わせて鞘の長さも考慮しなくてはならない。刀、そして鎧などは、経験を深めてもこれでよい、ということがなく、究めるのが難しい道具ですね」。

 現在は、本拠地である浅草に腰を据えて演劇部を統括されている縄田さん。きっと、数え切れないほどの苦い経験やうれしい出来事があったのでしょう。「難しい」という言葉とは裏腹に、縄田さんの表情はどこか楽しげでもあります。
縄田さん
入社40年目という縄田美範さん。「十七代目羽左衛門さんにはいつも叱られてばかりいましたが、羽左衛門さんの体格に合わせて少し大きめの駕籠(かご)を用意したら『ずいぶん、楽だなぁ』と、珍しく喜んでもらいましたよ」
藤波小道具
藤浪小道具は、浅草寺から歩いて10分ほどの隅田川近くにある。ここは江戸時代、歌舞伎の芝居小屋が集まっていた「猿若町」と呼ばれる芝居町だった。