歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


蝶
雀
鼠
足
火の玉
差金であやつるさまざまなアイテムの一部。蝶のほかにも『伽羅先代萩』で用いる雀、ねずみなど、実にさまざま。

差金であやつられるアイテムあれこれ

 差金とは、歌舞伎の舞台で蝶や鳥などの小道具をあやつるために用いる黒い棒のこと。「黒は、見えていないということにしてね」という歌舞伎のお約束のもと、黒い衣裳をまとった黒衣(くろご)などがこの差金を手にして舞台上に堂々と現れて、小道具を動かします。この「黒は無である」という発想と、それを大いに利用した「差金」は、ある意味、究極の<しかけ>ともいえます。引き続き、縄田さんに差金について、うかがいました。

「差金の先につくアイテムは、数えたことはありませんが、数十種類におよぶと思います。よく舞台で目にするのは、やはり蝶でしょうね。蝶にもいろいろ種類がありますが<この演目には、これ>という風に決まっていて、私たちが<彩色>と呼んでいるカラフルな柄の蝶は『鏡獅子』、黄色の無地は『連獅子』で用います。

 蝶は、ひらひらとやわらかく舞ってみえないといけないので、しなる素材の細めの棹を差金として使います。さらに鯨のひげを削って棒状にしたものを棹の先に取り付け、その先に蝶を付けます。鯨のひげは、弾力があるいい素材なんですよ。蝶の場合は後見(こうけん)※が片手で扱いますから、腕が疲れないように極力軽くしています。

 差金を使って蝶を動かし、本物のようにみせるのは結構難しいんですよ。両方の手で、それぞれ蝶をゆらしながら、花道を後ろ向きに引っこんでいくときなんかは、主役の獅子のスピードに合わせながらですから大変だと思います。差金ひとつ動かすにも芸が必要なんです。歌舞伎の舞台は、おもだった俳優さんの芸に加えて、黒衣や後見のような陰で支える人、道具、音楽などの芸が複合的に折り重なってはじめて、あの輝きが出るんだと思います」


 差金ひとつをとっても「本物らしく見えることへのこだわり」、そして差金を使う黒衣や後見への「細かな配慮」が、随所にみてとれました。改めて、小道具さんの心配りの篤さを感じました。
※後見とは、芝居の途中で小道具を持ってきたり、着替えを助けたり、不要になったものをさりげなく片付けたりする役割のことで、黒衣も後見の一種です。後見は、様式性の高い演目や舞踊では裃(かみしも)で手助けをしますが、これを「裃後見」と呼びます。
夕涼み