歌舞伎いろは
【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。


舞台イラスト
イラスト/松原シホ
下絵描き
道具帳を片手に持ち、下絵を描く後藤さん。取材をしている間に、みるみる絵はできあがっていった。
背景画を描く後藤さん
描いているのは12月の演目『佐倉義民伝』通天の場面。背景画は、基本的に毎回新しく描き、役割を終えると保存されることはないそうだ。なんだか、もったいない。

版画の手法で描く、歌舞伎の背景画

 背景画を描く部屋は、歌舞伎座内の一角にありました。巨大なキャンバスが広げられ、今まさに描きはじめたところ。驚いたことに、下絵はフリーハンド。それもすごいスピードです。

  下絵を描いているのは、後藤芳世さん。歌舞伎座舞台株式会社の取締役であり、舞台美術のトップという重鎮です。一段落ついた後藤さんと腰を並べて、お話をうかがいます。

  「背景画は、実寸の50分の1サイズの道具帳を元に描きますが、細かい指示はなにもありません。松の高さは、このくらいかな、とか自分で判断しながらアタリをつけていきます。

  歌舞伎の背景画は、普通の絵のように写実的に描くと弱くなるんですよ。遠近感を出す場合は、鼠色をまず塗って、松なら緑色をその上に塗り重ねて奥行きを出すんですが、これは版画と同じ手法ですね。それから桜などは遠くから見たときにぼんやりしないように、あえて荒っぽく描いたり。歌舞伎の背景画ならではのやり方がいろいろあります。

  描く上で一番精神を注いでいるのは、役者さんを引き立てる絵になっているかという点です。役者さんが浮き上がって見えるには、背景画がどの程度の強さであればいいのか見定めなくてはなりませんが、このあたりは経験を積まないとね(笑)。役者さんがいい演技をしたときに感動できる空間をつくる。それが背景画を含めた大道具の仕事でしょうか」


  後藤さんは、日本美術院特待という一流の日本画家でもあります。いたずら書きのように床にさらさらと描いた柳さえも、見事な美しさでした。高く評価される歌舞伎座の背景画は、優れた絵師さんのひと筆、ひと筆の重なりによって生まれているのです。