歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



池田智哉さん
歌舞伎座の照明を担当して40年になるという松竹株式会社の池田智哉さん。歌舞伎座以外の各劇場や海外公演にもプランナーとして参加されてきました。「昔は、照明の明るさを徐々に上げていく作業も、全て手作業でした。演じている俳優さんの体調や黒御簾音楽の間合いを加味しながら照明も動かすため、独特の味わいがありましたね」
舞台の天井
舞台の天井は、巨大な収納庫。照明器具はもちろん、背景画などさまざまな道具が玉手箱のようにぎっしり収まっている。
ほかの裏方と同様、照明も演目の真髄を深く理解しておかなければ、それにふさわしい照明を作りあげることはできない。

歌舞伎の舞台には、影がない?!

 「歌舞伎の照明」と突然言われても、ピンとこない方も多いと思います。それはあまりに自然に存在していて、単に舞台を明るく照らしているだけのようにも見えます。しかし、そこには独特の美意識に裏打ちされた奥深い世界が広がっている、というのです。そこで歌舞伎の照明プランナーである池田智哉さんにおはなしをうかがいました。

  「歌舞伎の照明の特徴をひとつ言うとしたら、くっきりとした強い影が出ないように光をつくっている、ということがあげられます。昔の歌舞伎の灯りは、自然光とろうそく。その光はやわらかで、スポットライトのような強い陰影はできませんよね。歌舞伎では、古式に近いそんな灯りを理想としています。

 基調となるのは、色なしの光。僕らは<ナマ>と呼んでいますが、先輩方からは、<ナマで色を感じさせるようにしろ!>とよく言われていましたね。いいモノクロ写真は、カラー写真より豊かな色彩を感じさせますが、照明も色や特殊効果を用いなくても、いい腕があればシンプルなナマだけで、色や温度、気配、風情などを感じさせることができるんですよ。

 それに、照明があまり派手に自己主張すると俳優さんの精緻な芸の邪魔になってしまいます。お客さまが自然と俳優さんの創りあげる世界に集中できるようにすることが大事だと考えています」

 演目によっては青などの色を用いることもあるそうですが、基本的にナマだけで、多様な表現に挑んでいる歌舞伎の照明。技術というよりも、芸の世界であることが感じられます。