歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



暗闇を明るくみせる「だんまり」

 歌舞伎の照明は、「影をつくらない」という美意識に基づきつつ、ユニークな演出法をたくさん生み出しています。

 一般的に、夜を表現するには照明を落として暗くする方法が自然ですが、歌舞伎では暗闇のシーンを明るく照らし出すことがあります。これは、様式的な動きを美しく、ときにユーモラスに見せる重要な見せ場に使われる演出で、「だんまり」と呼ばれています。明暗を逆転させるという奇抜で大胆な演出には、歌舞伎でなければ味わえない、独特の面白みがあります。

 それから、幕切れでチョンと柝(き)が入ると同時に、照明がまぶしいほどに明るくなることがあります。この時に感じる、えもいわれぬ高揚感。これにも照明の秘密があるようです。

 「実は、舞台の照明とともに客席の照明も一緒に明るくしているのです。歌舞伎では、狂言作者が打つ柝の音を合図に俳優や裏方が動いていますが、この幕切れの柝ではお客さまにも参加していただいていることになるんですね。客席と舞台がクライマックスを一緒に作りあげる、そんな瞬間だと思います。

 それにそもそも歌舞伎は、ほかの演劇などと比べて、客席の照明を明るめにしてあるのです。そのほうが一体感が生まれやすいですから」

 歌舞伎には、舞台とお客さまが一体となって作りあげることを楽しむ気質があります。照明の考え方によって、舞台と客席を区切ることもでき、逆にひとつの空間として包み込むこともできる。照明が担う役割の大きさに気づかされます。

歌舞伎座の客席
歌舞伎座の客席。池田さんのお話にもあるように、実は客席の照明も重要な役割を担っている。
舞台から花道奥を見た風景
舞台から花道奥を見た風景。揚幕上方で光っている2つのライトは、通称、<めだま>と呼ばれている。
イラスト/松原シホ
スポットライト
『藤娘』では、幕開きに客席を漆黒の闇にする演出があり、
チョンと柝が入った後に一瞬で明るくし、観客を美の世界へ引き込みます。
客席奥の高い位置から俳優さんを照らすスポットライト。照明はデジタル制御されている部分が多いが、ここは手作業。古びた機器が並び、芝居小屋の屋根裏の風情を感じさせる素敵な小部屋だった。