歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



花魁道中の下駄に、クローズアップ

吉原や島原などの花魁下駄。花魁下駄の鼻緒は、黒が使われることが多い(演出や俳優によって、下駄の形や鼻緒は異なる)。

 江戸のヒーロー「花川戸(はなかわど)の助六」がきびきびとした啖呵(たんか)を切る痛快な演目『助六由縁江戸桜』。花川戸とは、現在の住所表記にもその名が残る古い地名で、浅草寺と隅田川の間あたり。今も昔も日本一の履物街としてにぎわう下町エリアです。

 今回は、その花川戸にある履物の名店・合同履物株式会社を訪れました。お話をうかがうのは、店主の田中亨さん。大正4年生まれの94歳。履物を通して、人々の暮らしを支えてきた生き字引のような方です。

「階級制度が厳しかった江戸時代には履物も細かくランク付けがされていて、身分に合わせたものしかはくことができませんでした。ですから草履ひとつとっても、実にさまざまな種類があるんです。歌舞伎もそのしきたりを引き継いでいて、役柄によってはいているものが微妙に違うんですよ。

 客席のお客様の印象に強く残る履物といったら、花魁下駄(おいらんげた)でしょう。これは3本歯が決まりとなっています。歌舞伎は、江戸と上方で芸風が異なることはよく知られていますが、この花魁下駄も、江戸の吉原と京都の島原では、歯の高さや雰囲気が全然違っていたのです。ですが、最近では東も西もなくなってきています。」



歌舞伎の草履あれこれ。左から、冷や飯草履、庭草履、京草履。

歌舞伎の下駄。畳表を用いた下駄は、ランクが高いとされている。

田中亨さん。15歳から10年間、この地の履物店で修業し25歳で独立。以来70年間、店を切り盛りしてきた。かつては盆と年末に履物を新調する習慣があったそうで、その繁忙期にはご飯を食べる暇もなかったそうだ。

歌舞伎の逸品

バックナンバー