歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



歌舞伎のなかのお香

田中邦明さん。入社38年のベテランで、今も東京鳩居堂の店頭で接客を行っている。お気に入りのお香をうかがってみると、平安王朝から伝わる秘伝調合の煉香(ねりこう)のひとつ「侍従(じじゅう)」をあげてくださった。

 歌舞伎には、様々な日本文化がモザイクのようにちりばめられています。和歌、お能、着物、日本髪、音楽…そしてお香の文化も織り込まれていますが、お気づきでしょうか。

 今回は、お香の老舗として知られる株式会社東京鳩居堂にお邪魔しました。歌舞伎の舞台では、実際にお香が焚かれることもありますが、そのなかには鳩居堂のお香も含まれています。お話をうかがうのは、お香文化に精通しておられる田中邦明さん。歌舞伎もよくご覧になっているようで、「歌舞伎×お香」の話題で大変盛り上がりました。

 「お香は歌舞伎のいろいろな演目に登場していますがその一部をお話しましょうね。『十種香』(※1)は、ずばり演目名になっていますね。八重垣姫が愛しい勝頼を想って回向する場面にお香が焚かれます。このお芝居の時代には、いわゆるお線香のようなお香がまだ存在しませんから、現代のお焼香に近いスタイルです。客席で拝見していると、乙女らしさのなかにちょっと色気もある香り、ジャコウも入ったらそれらしいかな…などと自分好みの調合を想像して楽しんだりもしています(笑)。

 『仮名手本忠臣蔵 大序』では、兜改めの場面がありますが、本物の兜には蘭奢待(※2)という超国宝級の香木が焚きしめられているという設定になっています。兜に香を焚きしめるのは、戦に向かう心を香りで落ち着かせるためとか、万が一、首を討ち取られたときのことを考えたたしなみであるなどと伝えられています。この蘭奢待は、『加賀見山旧錦絵』(※3)のなかにも登場しますね」


 実は、鳩居堂と歌舞伎には深い縁があります。鳩居堂の創業は江戸時代の1663年ですが、その創業者は歌舞伎ファンにはおなじみの『熊谷陣屋』の主人公・熊谷直実(くまがい なおざね)の子孫なのです。屋号にある「鳩」は熊谷家の家紋「向い鳩」にもちなんでいるそうです。

※1)十種香(じゅしゅこう):本外題は『本朝廿四孝(ほんちょうにじゅうしこう)』
※2)蘭奢待(らんじゃたい):正倉院宝物。沈香(じんこう)という香木。ランクが高く特別に名前がつけられている。「蘭奢待」という3文字のなかには、それぞれ「東」「大」「寺」、つまり「東大寺」という言葉が含まれている。
※3)加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ):「草履打ち」の場面で有名な時代物。中老の尾上が蘭奢待を預かっているという設定。

『八重垣姫 沢村田之助』三世歌川豊国画。婚約者・勝頼を十種香を焚いて供養する八重垣姫。
錦絵は2点とも早稲田大学演劇博物館蔵。無断転載禁。
(c)The TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

『熊谷直実』三世歌川豊国画。『熊谷陣屋』の「制札の見得」。直実の後ろには、軍功により源頼朝から賜った「向かい鳩」の家紋も描かれている。鳩居堂の屋号の「鳩」は、創業者が直実の子孫であるため、家紋にちなんで付けられたそうだ。
(c)The TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

歌舞伎の逸品

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