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「加賀鳶・勢ぞろい」
髷はまさかりの形、半纏の襟は白いなめし皮という、粋で豪勢な姿。
裾をはしょった喧嘩のスタイル。
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江戸庶民の揉め事の仲裁もした町火消し
「火消し」と言えば、「め組」「加賀鳶」を連想する歌舞伎ファンが多いでしょう。本名題「神明恵和合取組(かみのめぐみわごうのとりくみ)」に出てくる「め組」は町火消し、本名題「盲長屋梅加賀鳶」に出てくる「加賀鳶」は大名火消しです。江戸の火消しは大きく分けて、江戸城や重要施設の防火・消火にあたった大名抱えの「大名火消し」、幕府抱えの「定(じょう)火消し」、町抱えの「町火消し」の3グループがありました。
町火消しは、町奉行方の与力、同心が指揮を執りますが、経費は町の負担で、発足当初は店借人や奉公人などが駆り出されました。当時の消火活動は燃えている家を潰したり、風下の家を引き倒したりして延焼を防ぐことであったので、所詮素人である彼らに務まるはずはなく、やがて建築、土木のプロで身も軽い鳶人足へと移行していきました。
町の経費で運営されたということは旦那衆がスポンサーであったので、町火消し達は正業の鳶職の他に、商家の祝事や葬式などの下働きをしたり、店に来る騙り(かたり:詐欺師)や恐喝を追い払ったりすることもあったそうです。さらには、町内の揉め事の仲裁をしたり、岡場所のあるところでは、客の喧嘩口論の仲裁などもしたそうです。
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