藤十郎が語る『曽根崎心中』のお初

tojuro_0310.jpg

 4月2日(水)から始まる歌舞伎座新開場一周年記念 「鳳凰祭四月大歌舞伎」で、『曽根崎心中(そねざきしんじゅう)』のお初を勤める坂田藤十郎が、今回の上演にあたっての思いを語りました。

藤十郎が語る『曽根崎心中』のお初

 公開された『曽根崎心中』特別ポスター

歴史を塗り変える
 「お客様とご一緒にこのラブストーリーを。本当にうれしいです」。近松門左衛門が実際の事件を題材に人形浄瑠璃として書き上げ、人気を博したものの長く上演の途絶えていた『曽根崎心中』は、昭和28(1953)年8月新橋演舞場で、新しく歌舞伎として上演されました。そのときのお初が二代目扇雀、現在の坂田藤十郎です。徳兵衛は父の二世中村鴈治郎が勤めました。「男と女の愛情の深さが一挙手一投足に出ている芝居です」。

 この上演で『曽根崎心中』は社会現象といわれるほどの人気を得て、翌々年には人形浄瑠璃も復活上演されます。

 昭和55(1980)年12月、京都の顔見世で父の鴈治郎が休演、急遽、東京から駆け付けた翫雀(当時、智太郎)が徳兵衛を勤めます。「どんな気持ちになるのかなと思ったけれど、我が子がやっている、とはぜんぜん思いませんでした」。以来、菊五郎、梅玉、扇雀、十二世團十郎も徳兵衛を勤めています。「本当に、徳兵衛は一人。違う人には見えません」。そう語る言葉は、お初だからこそ出てくるのでしょう。

 平成7(1995)年1月には大阪の中座で1000回目のお初を上演、翌日、あの阪神淡路大震災が起こります。「大きく揺れて驚きました。お初をやるたびに、いろいろ思い出します」。初演から61年目、藤十郎はまさにお初とともに生きてきました。

お初を生きる
 それでも、「お初というお役をいただいて以来、気持ちはずっと変わりません。初演の演舞場でパーッと幕が開いたときの気持ちと、今度も同じだと思います」。上演に当たってさまざまな工夫が重ねられてきましたが、演じる気持ちに変化はないと藤十郎は言い切ります。「"一世一代"でもそれは変わらない。これまでも、いつもこれが最後、みたいな気持ちはずっと持ちながら演じ続けてまいりました」。

 お初の最後は心中です。「お初が"うれしい"気持ちになったら幕を閉めてと言っています。一緒に死ねるからうれしいというより、また次の人生が始まる、新しく生きるからうれしい。"愛の永遠"じゃないかと思ってやっています」。お初のその情熱、愛の強さが、演じる藤十郎を最後に、「清々しい、晴れ晴れとした気持ち」にさせるのでしょう。

 お客様にお初をご覧いただくのではなく、「お初の幸せの生涯をやりますので、お客様もその時間をどうぞご一緒に」と呼びかけた藤十郎。「ぜひ、歌舞伎座にお越しください」と、笑顔で会見を締めくくりました。

 「鳳凰祭四月大歌舞伎」のチケットは3月12日(水)、チケットWeb松竹チケットホン松竹にて販売開始です。

2014/03/11