ニュース

鴈治郎がお練りと奉納舞踊「吉例顔見世興行」襲名披露の記念行事

四代目中村鴈治郎襲名記念行事 成功祈願祭「奉納舞踊」

 

 11月19日(木)、京都四條南座「當る申歳 吉例顔見世興行」で襲名を披露する四代目中村鴈治郎が、八坂神社での成功祈願と、京都市内でのお練りを行いました。

 紅葉もそろそろ見頃となる京の街に、鴈治郎が11年ぶりに帰ってきました。八坂神社の本殿で、四代目中村鴈治郎 襲名披露記念の成功祈願を行った鴈治郎は、京都府知事、京都市長から、上方の大名跡の継承を寿ぐ心のこもった祝辞をいただき、感慨深い面持ちで聞いていました。

四代目中村鴈治郎襲名記念行事 成功祈願祭「絵馬奉納」

 祝辞のあと、鴈治郎から八坂神社に、襲名を記念して絵馬とまねきが奉納されました。絵馬は11月30日(月)に南座で開幕する「吉例顔見世興行」の襲名披露狂言の一つ、『河庄』の紙屋治兵衛を穂束宣尚氏が描いたもので、まねきは劇場に上がるものと同じ井上優氏の手によるもの。後日、絵馬堂に掲げられると、四代目坂田藤十郎襲名と四代目中村鴈治郎襲名、両者の絵馬とまねきが同時に見られることになります。

 本殿での神事のあとには、京の顔見世とゆかりの深い古式ゆかしい出し物、「祇園手打」が行われ、祇園新地甲部歌舞会芸妓御連中による「七福神」「花づくし」が披露されました。艶やかな芸妓さんに迎えられた鴈治郎、壱太郎はもちろん、舞殿の周りにお集まりの皆さんもすっかり見入ってしまった様子で、普段は見ることのできない手打を見る貴重なひとときとなりました。

 その舞殿では、鴈治郎と壱太郎が奉納舞踊を披露。吾妻徳穂振付による「君が代 松竹梅」を親子で舞い、京の皆さんに鴈治郎として初めての芸をお見せする形となり、ご見物から「成駒家!」「四代目!」のかけ声もひときわ大きく上がります。その声を受けて鴈治郎がご挨拶に立ちました。「鴈治郎が京都に帰ってまいりました。私は京都生まれで、八坂の氏子、その八坂さんで成功祈願をさせていただき、祇園町の皆様に手打をしていただいて、たいへんうれしい。幸せ者でございます」。

  「25日にはまねき上げをさせていただきます。鴈治郎と藤十郎という名前が初めて二つ並ぶ。私自身、それを見るのを楽しみにしております。1月から襲名披露が始まり、一年のしめくくりがこの顔見世興行、そこで襲名披露させていただきます。また、歌舞伎という文化を京都にもっともっと根づかせていきたいと思います。これからもどうぞよろしくお願いします」。八坂神社での成功祈願祭は終始、鴈治郎を歓迎する皆さんの温かな気持ちに包まれていました。

四代目中村鴈治郎襲名記念行事「お練り」

 成功祈願祭を終えた鴈治郎と壱太郎は人力車に乗り込み、いよいよ「お練り」の出発です。八坂神社から四条通を西へ向かい、南座を通って新京極へ。途中、誓願寺では芸道上達を祈願する舞踊家たちが信仰する扇塚に、扇を奉納しました。三条河原町で折り返して寺町通から四条通に戻った一行は、「待ってました鴈治郎はん」の横断幕にも迎えられ、最後は人垣をかき分けるようにして、ようやく鏡開きの会場となる髙島屋に到着しました。

 お練りを終えた鴈治郎は、あらためて「京都生まれなんだと、こんなにうれしくてじーんとしたのは初めてです。感激しております」と、疲れも見せず、満面の笑顔でご挨拶し、壱太郎も「こうして父とともに八坂さんから歩かせていただき本当にうれしい、幸せな気持ちでいっぱいです」と、高揚した気持ちを感謝の言葉に込めました。

 最後は、お練りでご挨拶をした5つの商店街の皆さんと鏡開きを行い、成功祈願祭とお練りは熱気冷めやらぬうちに終了。30日(月)の初日に向け、これから京の街はいっそうの盛り上がりを見せていきます。

 京都四條南座「當る申歳 吉例顔見世興行 東西合同大歌舞伎 四代目中村鴈治郎襲名披露」は、11月30日(月)から12月26日(土)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットWeb松竹スマートフォンサイトチケットホン松竹にて、前半分(初日~12月13日)は販売中、後半分(12月14日~千穐楽)は11月29日(日)発売予定です。

四代目中村鴈治郎襲名記念行事 成功祈願祭「お練り」

2015/11/19