歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



 




受け継ぐ伝統 ~先代たちが凝らした工夫を舞台で

 漆黒の空に浮かぶ秋の月が、文字ケ関(門司)の大海原を照らす。静寂の中、停泊する一艘の船…。ドラマチックな情景がまず観るものの心を奪う『毛剃』は、七代目市川團十郎が江戸で演じ、さらに九代目團十郎によって演出的工夫が加えられた市川家ゆかりの演目です。

 「私が演じる毛剃九右衛門は、九州育ちの抜荷買い、いわゆる海外との密貿易を生業にしている人物です。まず眼目は歌舞伎には珍しい長崎弁が使われていること。七代目市川團十郎が長崎まで旅をして、現地で実際に耳にしたであろう言葉が脚本に盛り込まれているんです」

 七代目は歌舞伎十八番を制定し、能の『安宅』を題材とした歌舞伎『勧進帳』で松羽目物を生み出した、成田屋きってのアイデアマン。その芝居に臨む時、團十郎さんは先代の取材力や豊かな発想に思いを馳せると言います。

 「言葉もそうですが毛剃の衣裳に注目すると、七代目が自分の足で長崎まで旅をした道中が思わず目に浮かぶようです。『元船』の場では、真ん中に龍をあしらった豪快な唐服。そしてよく見ていただくと縮れ毛が茶色いんです。台詞に『潮風沖風に吹き晒されて』ともありますが、大陸とを行き来する長い航海で潮風を受けると髪の毛の色がどんどん明るくなることも先代は知った上で工夫しているんです」

 目を楽しませる独特の衣裳は、人物像を読み解く鍵ともなります。

 「続いての『奥座敷』では、当時とても高価なビロードで作った羽織に珊瑚の羽織紐。そして着物はインドから大陸を経て渡ってきた更紗を贅沢に纏っています。高価な物である反面、いわゆる“成金趣味”なんですね(笑)。この“成金趣味”の部分も七代目が凝らした趣向のひとつですから、忠実に受け継いで舞台で演じようと思っています」

 物語は当時大坂で起こった抜荷買いの大量検挙を下敷きにしています。

 「実話と、それを脚色した虚の部分がないまぜになっているところが歌舞伎という演劇です。虚の混じった話が、いかに“らしく”見えるかが面白さにつながるんですよね。先日、数学の研究者の方から面白いお話を伺いまして、数学では、虚数と虚数を足したりかけたりすると実数になると言うんです。虚と虚を合わせると実になる。歌舞伎もそうです。ありえないことを突き詰めることで真実に見せてしまう。『毛剃』はそこを楽しんでいただけたらと思います」

 

私と歌舞伎座

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