こころを映す 歌舞伎の舞台
野道をゆく人々
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『矢の根』曽我十郎祐成衣裳 |
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『妹背山婦女庭訓』三笠山御殿の場 求女実は藤原淡海衣裳 |
『深山桜及兼樹振(みやまのはなとどかぬえだぶり)』通称「保名(やすな)」は、婚約者榊の前(さかきのまえ)を突然亡くしてしまった安倍保名(あべのやすな)が、その悲しみのあまり正気を失い、亡き恋人の形見の小袖を抱きしめ、野をさまよい歩いているという踊りです。保名の繊細さを表すようなやさしい鴇色(ときいろ)の小袖には、露芝が散らされています。
また、歌舞伎十八番の内『矢の根(やのね)』では、正月の雑煮を祝った曽我五郎時致(そがのごろうときむね)がうたた寝をしていると、敵に捕らわれた兄十郎祐成(じゅうろうすけなり)が夢枕に立ち五郎に助けを求めます。このときの十郎の袴も露芝で、その心もとない状況がうかがえます。
『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』では、烏帽子折の求女(もとめ)が黒縮緬に露芝模様の着物を着ています。求女は実は、藤原鎌足(ふじわらかまたり)の息子の淡海(たんかい)。帝位を狙う蘇我入鹿(そがのいるか)の館に潜入しようとして里に身を隠しています。入鹿の妹、橘姫(たちばなひめ)はそうとは知らずに求女に恋し、ひそかに入鹿の住む三笠山御殿を抜け出して求女に逢いに来ます。求女は橘姫の住まいを知ろうと、姫の袖に苧環(おだまき)の糸を縫いとめ、その糸を頼りにつけて行き、そのあとを、これも求女に恋する杉酒屋の娘お三輪が同じように苧環を手繰って追っていきます。
森のなかで、三者三様の思いが入り乱れるのが『道行恋苧環(みちゆきこいのおだまき)』です。
風に揺れる野の草花、そこに一瞬宿る水滴には、運命に翻弄され、さまようはかなさが象徴されていますが、同時に、動きがあり枠にはまらずレイアウトできるデザインにはいくばくかの自由さをも感じることができます。