隠された姿を表す紋

『義経千本桜 道行初音旅』 花四天「赤木綿桜に立湧染四天(あかもめんさくらにたてわくそめよてん)」

 

『仮名手本忠臣蔵』大序 顔世御前「緋綸子着付紫緞子金立涌に四君子柄繍裲襠(ひりんずきつけむらさきどんすきんたてわくにしくんしがらぬいうちかけ)」

 『義経千本桜 道行初音旅』では、満開の桜の吉野山に、佐藤忠信(実は忠信に化けた狐)と静御前を捕らえようと、早見藤太(はやみのとうた)とその家来一行が現れます(※)。この藤太は“半道(はんどう。半道敵=はんどうがたきともいう)”といわれる道化た敵役、革色(緑味を帯びた鼠色)の半着付(はんぎつけ。短めに仕立てた着物)に革色、茶色、玉子色のストライプの軽衫(かるさん。細身の袴の一種)と、かなりファンキーないでたちです。付き従う家来たちも主人に負けず劣らず華やかな衣裳です。活動しやすく裾を割った“四天(よてん)”は、武装していることを示す歌舞伎独特の衣裳ですが、この吉野山の四天の柄は波状の曲線が向かいあって続く合間に赤い桜花が散らしてあります。

 この波線模様は「立涌(たてわく)」といい、水蒸気や陽炎が立ち昇る有様を現した文様です。桜の花が春の陽炎の中でおっとりとゆらいでいる図柄は、戦いとは相反する気がしますが、お姫様と狐の道行というメルヘンチックな舞踊劇には似合いかもしれません。この吉野山の四天の衣裳、そしてその桜の四天を着た役柄はともに“花四天”と呼ばれています。

 立涌に四君子(しくんし。蘭、菊、竹、梅を指す)の裲襠(うちかけ)は、『仮名手本忠臣蔵』の発端となる大序(だいじょ)、塩冶判官(えんやはんがん)の妻顔世御前(かおよごぜん)が着る裲襠です。権勢を張る高師直(こうのもろのう)が、ぞっこん惚れ込んでしまうほどの麗人にふさわしい、品格があって、なおかつ色香が香り立つような文様です。

※早見藤太は原作の人形浄瑠璃では、「鳥居前」で狐忠信に蹴散らされますが、歌舞伎では『道行初音旅』(吉野山)に登場させる演出が定着しました。8月の新橋演舞場、9月の京都四條南座の『義経千本桜』では、原作どおり「鳥居前」で狐忠信が藤太やその手下である軍兵を蹴散らす演出が採られており、『道行初音旅』は忠信と静御前がふたりで踊ります。一方、9月大阪新歌舞伎座の?葺落公演で上演される『吉野山』では、忠信と静御前が踊るところへ、早見藤太が花四天を率いて駈けつけるという、従来通りの演出になっています。

こころを映す、歌舞伎の舞台

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