歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』は文化元年(1804年)松助の初演以来、菊五郎の家の芸となった。
上図は「天竺徳兵衛」ものの演目『尾上梅寿一代噺(おのえきくごろういちだいばなし)』(弘化4年(1847年)上演)より。
蝦蟇(がま)や妖術つかいの描き方が「幕末の奇想の絵師」と言われた歌川国芳ならでは。
錦絵は2点とも早稲田大学演劇博物館蔵。 無断転載禁。 (c)The TsubouchiMemorial Museum, WasedaUniversity, All Rights Reserved.

本物の水に役者がざっぶ?ん!に暑さを忘れて拍手喝采

 子どもの頃、夏休みに「肝だめし」をやった思い出がありませんか? 友達としっかり手をつなぎ合い、びくびくしながら向かった夜の学校や神社。真っ暗闇の向こうに、何か得体の知れないものが潜んでいそうで、「カタッ」なんてどこかから物音がした日には「ぎゃーっ!」。怖さと興奮で汗も引っこみました(ヘンな汗がでた?)っけ──。

 「怖い=背筋がゾーっとする=涼しい」は、真夏に涼を呼ぶ法則。今年の歌舞伎座「八月納涼大歌舞伎」でも、演目に「怪談」が盛り込まれていますが、怖いお話で涼しさを届ける夏芝居は、江戸時代から続く夏の定番です。そして夏芝居では、涼しげな工夫を凝らした演出も大きな見どころとなっています。

 初めて観た江戸っ子は、どれほど驚き拍手喝采したことか──と思わずにはいられないのが、『天竺徳兵衛韓噺(てんじくとくべえいこくばなし)』です。「怪談物」のジャンルの草分け的な存在と称されるこの演目。妖術で出現した巨大な蝦蟇(がま)と捕り手が立廻りを演じたり、主人公の徳兵衛が捕り手に追われて飛び込む池には「本水(ほんみず)」、つまり本物の水が張られていたり、さらには水中でずぶ濡れになったはずの役者が、瞬く間に別の役に早替りして再登場したり。天竺帰りの徳兵衛に漂う異国趣味な雰囲気も相まって、怪奇で迫力満点、ハラハラ、ドキドキのケレン味たっぷり、一大スペクタクルです。当時、主人公の徳兵衛を演じた松助の芸が余りに巧みなので、本当に妖術を使うのか、はたまたキリシタンの術かと奉行所から疑われ、役人が芝居を検分しにきた、という逸話が残っています。そのせいでますます評判を呼んで大入りとなったというのですから、「宣伝を狙った“仕込み”ではないか」という説もありますが…。

 パシャリと飛び散るしぶきも涼しげな「本水」を使う夏芝居では、水槽の中で縫いぐるみの鯉と大立廻りを演じる『鯉つかみ』や、水中早替りが見せ場の『怪談乳房榎』なども有名です。『怪談乳房榎』はまさに歌舞伎座「八月納涼大歌舞伎」でも上演中なので、ぜひ暑気払いにご覧になってはいかがでしょう。

『鯉つかみ』は歌舞伎の演出のひとつ。主人公が鯉の精と水中で格闘する様を主題とする作品の総称。上錦絵の画題は『神田川の与吉』で、嘉永2年 (1849年)上演の『天竺徳兵衛韓噺』の一場面として描かれている。歌川国芳画。