歌舞伎いろは

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多くの演目に登場する「二八そば」

火鉢や燗酒といった小道具も、外の寒さとの対比を際立たせるそば屋の内。
 元禄ごろになると、江戸庶民の主食は玄米ではなく、今日のように白米の常食が普及しました。庶民の「食」は豊かになり、茶飯、てんぷら、鮨、いなり寿司や海苔巻き、うどん、甘酒、さつまいも、団子、ところてんなど、今日でもお馴染みのさまざまな食べ物を売りに来る行商や屋台がありました。また、裏路地には労働者のための惣菜屋まであったようです。後には行商や屋台だけでなく、天丼や鰻丼などの食事を出す店も登場し、江戸の町の「食」の商いはとても多彩で豊かだったようです。

 歌舞伎の演目の中にも食べ物が登場する場面はいろいろとありますが、中でも多くの演目に出てくるのがそば屋です。その中でも一番印象的なのは「直侍(なおざむらい)」(本名題『雪暮夜入谷畦道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)』のそば屋の場面でしょう。降りしきる雪の中、そば屋に駆け込み、熱燗で一杯やりながら食べるという「直侍」の「そば」はいかにも冬らしい風景です。

 直侍こと、直次郎とそば屋の親父とのテンポのいい掛け合いの後、直次郎が粋にそばをすすります。ここでは、他の客達は直次郎の引き立て役に徹して、粋な食べ方をしてはいけないのがお約束になっています。

 このそば屋で、直次郎はたまたま耳にした客の世間話から恋人の花魁(おいらん)三千歳の消息を知ります。自分がお尋ね者の身であることも顧みず、江戸を離れる前に一目逢いたいと三千歳の出養生先に向かい、直次郎はあえなく捕まってしまいます。このそば屋の場面は、粋な江戸っ子直次郎の情やお芝居のドラマチックな展開を演出する場面でもあります。
※「直侍」のそば屋の行燈には「二八蕎麦」と書かれています。また、髪結新三の永代橋での場面にも「二八蕎麦」の屋台が出てきます。この「二八」の意味は「そば粉八割につなぎ(小麦粉)二割」というのが定説ですが、そもそもは「二八の十六文」という意味もあったようで、「直侍」のそばも後ろのお品書きに「十六文」とあります。