板の上に、芝居のスケールを表現する

鴻月さんの工房。親子で向かい合って制作している。

鴻月さんの工房では面相も手作業で丁寧に描く。

後々まで残しておく下図は和紙に書かれている。鴻月さんの工房には和紙の下図がたくさんある。

 押絵羽子板の制作は現在も全てが手作業です。下図を描き、数十枚の押絵の型、正絹の裂を選んで衣裳とし、綿を入れて立体感を出す。役者の髪の毛をつくる「スガ植え」や、着物の柄の描写、小道具作りといった一連の作業を鴻月ではひとりの職人が全行程を手がけます。

 「ひとりの職人が原型作りから全てを手がけるのは効率の面でいうとそりゃあいいとは言えませんよ。ところがね、衣裳やスガ植えを十人の職人が手がけたら、やっぱりそこには十の人間それぞれの気持ちが入ってしまうわけです。それをひとつにまとめても、なんだかしっくりこないんじゃないかと私は思うんです」

 この日、鴻月さんの工房では『御所五郎蔵』の羽子板製作が佳境を迎えていました。和宏さんが手がけているのは“組み上げ”と呼ばれる作業の仕上げです。役者の面相、髪の毛の部分、衣裳の部分を組み合わせて糊付けし、形を整えます。

 和宏さんが、手を休めて解説をしてくれました。

 「この御所五郎蔵の着物の柄は、白色の正絹に綿を入れ、筆で龍や雲をひとつひとつ描いたものです。よく見ると、本来なら背中や裾に描かれている模様が合せの部分に描かれていますよね。これが羽子板屋の工夫です。羽子板は舞台上の役者に忠実に作るところもありますが、それよりも“歌舞伎らしく見える”ことが大切なんです。帯に差した尺八も羽子板にした時、よりスッキリと江戸前に見える角度にしています」

 和宏さんの仕上げた押絵が鴻月さんに渡されると、いよいよ仕上げとなる“打ち込み”の作業です。羽子板の木地に小さな釘を数カ所打って取り付け、人物の立体感を手で微調整します。板から役者が飛び出して来るかと思うような躍動感が出てきます。

 和宏さんは鴻月さんの仕事を観ながら育ち、高校を卒業した後、押絵羽子板の世界に進みました。

 「芝居を観に行く時は役者の動きや衣裳はもちろん、大道具や小道具など細かなところまで全てが羽子板作りの参考になります。衣裳にしても、役者が纏った時に見える柄をただ忠実に真似るのではなく、この『御所五郎蔵』のようにどの部分がその役“らしく”見えるのかを見つけるのが大事です。大道具や小道具の印象的な画は、背景に取り入れます」

 羽子板は歌舞伎の舞台に比べたら小さな空間。でも、その中に芝居を観た時の胸に迫る印象を表現するのが職人の腕であり、楽しみだと鴻月さんは言います。

 

頭や手、衣裳、そして刀や尺八などの小道具が和宏さんから渡されると、鴻月さんは“打ち込み”の作業にとりかかる。刀の柄(つか)は本物と同じようにきれいな組紐が巻かれ、尺八は竹の質感が出るよう節の凹凸や色づけなども丁寧に作られている。

江戸職人手帖

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