江戸職人(クラフト)手帖
装飾に宿る美意識

INAXライブミュージアムの中にある
「世界のタイル博物館」
INAXライブミュージアムHP⇒
生活文化への理解を深めながら、オリジナリティあふれるデザインを追究する企業、INAXは歴史的なタイルの原料や製造過程を研究し復刻をしています。
このページでは、愛知県・常滑市にあるINAXライブミュージアムの中から、人類が遥かな歴史の中で生み出してきたデザインを物語る貴重な展示をご紹介してゆきます。
現代日本のタイル装飾II 「東京国立博物館1階ラウンジのモザイク壁」

写真1 石モザイク床(5世紀シリア)

写真2 東京国立博物館 1階ラウンジ壁

写真3 復元したモザイクタイル壁(INAXライブミュージアム)

写真4 復元する久住親方
INAXライブミュージアムでは2009年1月から6月にかけて、「ゆらぎモザイク考-粒子の日本美」と題し、モザイク壁の歴史と日本的なモザイク壁に関する展示会を開催しました。歴史展示は、古代ローマ時代を代表する石のモザイク画(写真1)やイタリアの教会の壁を飾る金箔を挟み込んだガラスモザイクの壁画、さらにはイスラームのモスクを飾るモザイクタイル壁の写真を展示しました。一方、日本的なモザイクタイル壁の代表として取りあげたのが、東京国立博物館の1階ラウンジの壁面(写真2)で、壁の一部を復元し展示しました(写真3)。
ヨーロッパともイスラームとも違う日本人にとって心地よいモザイクを探りながら、数多くの事例を調査することから始めた企画会議で、たどり着いたモザイク壁が東京国立博物館の1階ラウンジのモザイク壁でした。全員が日本的であると考えた理由を分析してみると、壁面をモザイクタイルで埋め尽くすのではなく大きな面積を漆喰で文様をつけながら仕上げている点や、職人の手仕事によるバラツキ感などがその原因であると結論づけました。したがって、左官職人の技に依存する復元作業となるため、3歳から鏝(こて)をもって左官の修行を続け、桂離宮の修復などにも参加している久住有生親方に施工を依頼しました(写真4)。
復元はまず久住親方と共に、施工記録を宮内庁書陵部に訪ね調査することから始め、モザイクタイルの制作者である池田泰山氏や設計者雪野元吉氏のご遺族を訪ねて当時の記録を調べました。タイルは池田氏のご遺族からお借りした当時のタイルを元に釉薬(ゆうやく)の調合を決定し、25種類の釉薬を施したタイルを制作しました。このタイルを左官職人達が切り刻み、宝相華(ほうそうげ)と呼ばれる空想上の植物文様に並べ、その隙間を宮内庁書陵部での調査で記録されていたスサ、海草海苔や貝灰により調合した漆喰で壁面を塗り尽くしていきました。しかしながら、途中タイルと漆喰の装飾がお互いに主張しあいながら、落ち着かない表情を醸し出した段階があり、描いたイメージとかけ離れた時もありました。その後、記録に従い塗料を塗り始めると、徐々にタイルと漆喰はお互いに譲り合いながら落ち着いた雰囲気を醸し出すこととなり、最終的には本物の壁に近づいたと感じることが出来ました。
当時の職人さんの気持ちになりながら現代の職人さんと一緒に復元を進めていくことで、古くから日本の職人に流れる感覚や思いを感じることができ、改めて日本的という感覚を感じることができました。
文:愛知県常滑市INAXライブミュージアムものづくり工房 後藤泰男
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