歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



簪など装飾品の管理も床山の仕事

終わったらこわす。形が残らない仕事

 その『暫』の見本にと見せてくださったのは、鴨治会長が長男の初節句に自作したという、とっておきの逸品。

 「公演が終われば、かつらはすべてこわして、土台はかつら屋さんに返します。床山の仕事は形が残りません。自分の手元にあるのは、この『暫』のかつらの飾り物くらいです(笑)。それでも面白い」

 床山だった父親に連れられ、初めて歌舞伎座を訪れたのは中学3年の春。その日、舞台で観た『引窓』にボロボロと涙が止まらなかった。

 「感動しましたね。そのとき自分も床山になろうと決めたんです。中学卒業と同時に修行に入って、以来、あっという間に55年ですよ(笑)」

 十一世市川團十郎をはじめ数々の俳優に学び、現在、中村雀右衛門を担当する鴨治会長。家族には「71歳になったら引退(笑)」と宣言しているというが…!?

 「新人は部屋の掃除、お茶汲みにはじまって、雑用がこなせるようになったら、クセ直し、そして、四天(よてん※)の結い上げが出発点なんです。先輩に認められるようになったら、役者さんに付くようになり、幹部さんへと進んでいく。何年やっても急所は難しいし、時間もかかります。でもね、床山って答えのない仕事でしょ? やればやるほど本当に面白い仕事なんですよ」

※脚注
「四天」と言われる、裾が短く両脇が割れた、衣裳を着た捕り手・雑兵のこと。赤い鉢巻きと襷をし、手に花の枝や花篭を持っている。舞踊仕立ての立ち回りの場面でよく出てくる。

取材協力 東京鴨治床山
取材・文 寺田薫 写真 山本大樹 構成 児玉結(編集部)

(上)笑顔で思い出話を語る鴨治会長 (下)長男の初節句に作った『暫』のかつらの飾り物