歌舞伎いろは

【歌舞伎いろは】は歌舞伎の世界、「和」の世界を楽しむ「歌舞伎美人」の連載、読み物コンテンツのページです。「俳優、著名人の言葉」「歌舞伎衣裳、かつらの美」「劇場、小道具、大道具の世界」「問題に挑戦」など、さまざまな分野の読み物が掲載されています。



劇場内壁面の砕石モザイクタイル。入口廻りなどの壁面には金色の、舞台に近い前方の壁面にはコバルトのガラスモザイクタイルが密度濃く貼り込められていた。

2階客席最後方の壁面には音響効果を高めるために、タイルが壁面より浮くように貼り付けられている。一つ一つのタイルが変則的に張られた複雑な仕上げだ。

設計者 村野藤吾の興味深いエピソード

 日生劇場の建物表面には、外装に淡紅色の万成石(岡山産花崗岩)、劇場へ至る床には大理石モザイク、螺旋階段の側壁には木材、劇場の壁面には石とガラスのモザイクタイル、天井には二万枚と言われるアコヤ貝が貼られた色付きの石膏など多種多様な表面仕上材が使われています。日生劇場の設計者 村野藤吾は、大阪新歌舞伎座(初代)、新高輪プリンスホテル、読売会館・そごう東京店(現 読売会館・ビックカメラ有楽町店)など、多くの建築物を手がけた20世紀を代表する設計者です。村野藤吾は、彼が晩年に述べた「サムシング・ニュー」に代表されるように、常に新しいものを求め挑戦し続けたとして知られています。
 そんな村野藤吾の表面仕上げ素材へのこだわりを伝えるエピソードも数多く残っていますが、ここではひとつだけ紹介します*1。劇場の内装壁に使われているガラスや石のモザイクタイルの施工中、村野は自らモザイクタイル表面を手の甲で撫でながらチェックをしたそうです。そして、ガラスの鋭利な面で手の甲が切れて血が出た時に「こういう風に傷が付くようじゃ、お客様を迎えた時に絹の着物等はみんな裂けるぞ」と厳しく注意したのだそうです。ともすれば、建築の表面仕上げ材は 建築物の表面を保護し装飾するためのものであると考えられがちですが、そうではなく、空間を包み込むための仕上げ材でもあり、人間と建築物の接点でもあることを再認識させられたエピソードです。

参考資料
* 1:INAX REPORT No.107(1993.8) 村野藤吾「ディテール再考」

INAXライブミュージアム ミュージアム活動推進室 室長 後藤泰男

平成 劇場獨案内

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