歌舞伎座
秀山祭九月大歌舞伎
平成19年9月2日(日)~26日(水)
昼の部
一、竜馬がゆく(りょうまがゆく)
安政元年。ペリー来航に人々が右往左往するなか、「あの黒船が、欲しいのう」と豪語する土佐藩の郷士坂本竜馬(染五郎)に出会った長州藩の桂小五郎(歌昇)。二人は藩の将来について意気投合します。その後、土佐に戻っていた竜馬は、上士と郷士の対立の犠牲になった友寅之進の亡骸を前に、尊皇攘夷に命を捧げることを誓い、脱藩。翌年、千葉道場の千葉重太郎とともに軍艦奉行の勝海舟(歌六)を訪ねた竜馬は、世界的視野で国の進むべき道を説く勝に感銘を受け、弟子入りを願い出ます。
原作は、ご存知司馬遼太郎のベストセラー。三年前にテレビ時代劇で竜馬役を好演した染五郎が、今度はその歌舞伎化に挑みます。
二、一谷嫩軍記
熊谷陣屋(くまがいじんや)
熊谷直実(吉右衛門)の陣屋では、初陣の息子小次郎の様子を心配する熊谷の妻相模(福助)と、やはりわが子平敦盛の安否を気遣う藤の方(芝雀)、堤軍次(歌昇)が、主人の帰りを待っています。帰陣した熊谷は、敦盛を討った様子を語り聞かせますが、義経(芝翫)の前で首実検に供されたのは、小次郎の首。〝後白河院の落胤である敦盛を助けよ〟との制札に託された義経の内意を察知した熊谷は、我が子を身替わりにしたのです。
救われた敦盛が、石屋の弥陀六実は平宗清(富十郎)に無事託されるのを見届けると、熊谷はあらかじめ決意していた出家の姿となって、陣屋を後にします。
相模と藤の方を制札で留める「制札の見得」や首実検、花道での「十六年はひと昔。夢だ...」の名せりふなど、九代目團十郎を経て初代吉右衛門が完成させた熊谷の人間像を、衣鉢を継ぐ二代目がていねいに描き切ります。
三、村松風二人汐汲(むらのまつかぜににんしおくみ)
須磨の浦に流された在原行平が、かの地で契りを交わしたという海女の姉妹・松風(玉三郎)と村雨(福助)。行平が残した烏帽子と狩衣を身にまといながら、二人は行平をしのんで踊ります。謡曲『松風』を素材にした歌舞伎舞踊『汐汲』。今回は踊り手を二人にした華やかな趣向で、玉三郎と福助の美の競演をお楽しみください。
夜の部
一、壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)
阿古屋
源頼朝に恨みを募らせ逃亡中の平景清の居場所を詮議するために、愛人の遊女阿古屋(玉三郎)が問注所に呼ばれます。郎党の榛沢六郎(染五郎)の尋問でも口を割らない阿古屋に対し、代官の岩永左衛門(段四郎)は拷問を主張しますが、詮議の指揮官である秩父庄司重忠(吉右衛門)は、阿古屋に琴、三味線、胡弓を順に弾かせることで、彼女の心のうちを推し量ろうとします。拷問代わりの弾き語りは、いわば嘘発見器の役割。阿古屋役は、実際に三曲を演奏し唄いながら、真情を細やかに表現しなければならない女方の大役です。定評ある玉三郎の阿古屋に、知と情を併せ持つさばき役の重忠に吉右衛門が初役で取り組む、注目の顔合わせです。
二、新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)
大名の山蔭右京(團十郎)は、愛しい花子のもとへ通う口実に、邸内の持仏堂に籠もって座禅をすると言い出します。が、一日だけならと許可した奥方の玉の井(左團次)が様子を見に行くと、座禅をしているのは、なんと太郎冠者(染五郎)。怒り心頭に発した玉の井は、太郎冠者に替わって座禅をし、右京の帰りを待ち受けます。狂言の『花子』をもとにした、人間味あふれる舞踊劇。十三年ぶりに右京役をつとめる團十郎と、左團次の強妻ぶりが見ものです。
三、秀山十種の内 二條城の清正(にじょうじょうのきよまさ)
加藤肥後守清正(吉右衛門)は、豊臣秀吉への恩を忘れず、一子の秀頼(福助)に仕えています。豊臣家の取り潰しをもくろむ征夷大将軍の徳川家康(左團次)が、秀頼を二條城に招待してきたことに、どう対処すべきか頭を悩ませる清正ですが、秀頼は上洛を決意したとのこと。清正は奥方の葉末(芝雀)の心配をよそに、病身を押して二條城へと向かいます。
この対面を画策した本多佐渡守(段四郎)をはじめ、藤堂和泉守(歌六)、井伊直孝(歌昇)ら、多くの大名と大政所(魁春)を従えて家康が待ちかまえる二條城に、秀頼は清正と浅野紀伊守幸長のみを伴って到着。清正は警戒の心を緩めず対応し、堂々たる弁舌で秀頼を守り抜き、無事家康との対面を済ませます。
その帰途の船上。清正の忠誠心に感謝する秀頼を、清正は成長したわが子を思うように、頼もしく見つめるのでした。
「清正役者」と言われるほど、清正役を得意とした初代吉右衛門。誠実で深い情愛を持つ清正が、名調子のせりふとともに二代目によって甦ります。
