在原行平
汐汲の姉妹が形見に残された衣を手に、去っていった高貴の恋人在原行平(ありわらのゆきひら)を偲ぶという、能の名曲『松風』にも取り上げられた"松風村雨伝説"は神戸市須磨区に伝わる話です。
多井畑(たいはた)という土地の村長(むらおさ)の娘、"もしほ" "こふじ"の二人が、塩を作るために海岸へ汐汲に通っていたところ、須磨に配流されていた在原行平がふたりを見初め、"松風" "村雨"という名を与え身近に召しました。しかし行平は都に戻ることになり、磯馴松(そなれまつ=潮風に曝されるため背が低くなっている種類の松)に自分の狩衣、烏帽子をかけて、二人には何もいわずに去っていきました...。
この地区には残された松風・村雨が行平を思って建てたという観音堂があり、また伝説を思わせる"行平" "松風" "村雨" "衣掛(きぬがけ)" "磯馴(いそなれ)※"などといった地名が今でも残っています。
在原行平は阿保親王(あぼしんのう)の第二子で、"昔おとこありけり"の『伊勢物語』、あるいは六歌仙の一人としてで有名な在原業平(ありわらのなりひら)の兄に当たる人物です。浮名を流していた弟とは違い、中央の要職や地方の国守などを歴任し、最後には太宰権師(だざいごんのそち=九州地域の兵を統率する司令官代理。事実上の司令官)となっています。かなり有能な官僚だったようです。
須磨へ下ったことは『古今和歌集・雑歌』に
<田むらの御時に、事にあたりて津の国の須磨といふ所にこもり侍りけるに、宮の内に侍りける人につかはしける>
(文徳天皇の御世、事情があって摂津の国、須磨というところに引きこもっていたときに、宮中に仕えている人におくった)
とあって、源氏物語にも引用されている和歌が載せられていることから推察できます。
<わくらばにとふ人あらばすまの浦に もしほたれつつわぶとこたへよ>
(もし誰か私がどうしているかと聞く人がいたら、須磨の浦で藻塩から滴る塩水のような涙を流しながら悲しんでいるよ、と答えてください) (み)
※磯馴と書いて、植物の種類を言うときは"そなれ"と読みますが、この地名の場合"いそなれ"と読むそうです。
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