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大阪松竹座「十月大歌舞伎」襲名披露の賑わい

大阪松竹座「十月大歌舞伎」襲名披露の賑わい

 襲名披露『口上』 左より、二代目市川右近(初御目見得)、右近改め三代目市川右團次、右之助改め二代目市川齊入、坂田藤十郎

 

 

 10月2日(火)、大阪松竹座「十月大歌舞伎」が初日の幕を開け、二代目市川齊入 三代目市川右團次 の襲名披露公演が始まりました。

 初代齊入と二代目右團次が襲名披露したのは、明治42(1909)年の正月、大阪の中座でのことでした。今度は大阪松竹座で、代を重ねて二代目齊入、三代目右團次が襲名披露公演を行います。

 

 幕開きは三代猿之助四十八撰の内『華果西遊記』。右團次が生涯の師と仰ぐ猿翁が、先行作品をもとに新たな演出でつくり上げ、平成12(2000)年12月に歌舞伎座で初演しました。初演以来、右團次が右近として続篇を含む全8公演で孫悟空を勤めており、いわば自家薬籠中の物。9度目の今回は右團次の名を得て初の孫悟空で、二代目市川右近が孫悟空の分身として登場しました。孫悟空と愛らしい子猿の親子宙乗りに、客席から歓声が上がります。右團次が会見で語ったとおりのケレンたっぷりの、スピーディーでスペクタクル感あふれる舞台となりました。

 

 齊入、右團次の名跡がそろっての襲名披露を、藤十郎が紹介して始まった『口上』。海老蔵、友右衛門、雀右衛門、鴈治郎、猿之助が二人を祝福し、襲名披露に華を添えました。「右團次、齊入の名跡がこの道頓堀の舞台にかかりますること、大阪生まれの私はもとより、先祖の者たちもみな泉下におきまして喜びおることと存じます。こののちは、修業に励む心にございますれば、いずれも様におかれましては相変わらぬご贔屓お引き立てのほど、ひとえにお願い申し上げ奉ります」との二代目齊入の口上に、客席から大きな拍手が送られました。

 

 右團次は「大阪生まれの私が、ご当地大阪におきまして、大阪の名跡、右團次を襲名させていただきますること、このような喜びはございません。かくなるうえは代々の右團次の名跡に恥ずることなく勤められますよう、懸命に努力いたします所存にございます」と述べた後、隣の二代目右近を紹介。「父の名跡、市川右近を二代目として襲名いたし、ご当地大阪におきまして初御目見得のご披露と、相成りましてござりまする」と、大きな声を響かせて喝采を浴びました。

 

 『め組の喧嘩』は大阪では昭和27(1952)年4月の大阪歌舞伎座以来の66年ぶりの上演で、大阪松竹座初上演となりました。江戸の鳶と相撲取りの意気地の張り合いを海老蔵の辰五郎、襲名披露の右團次の四ツ車、齊入の尾花屋おくらをはじめ、鴈治郎の喜三郎、辰五郎女房お仲の雀右衛門と、それぞれが初役で挑みます。

 

 新作歌舞伎舞踊『玉屋清吉』は、海老蔵が江戸の花火師となり、映像を使って大阪松竹座の舞台いっぱいに花火を上げました。清吉は大立廻りで、おおいに江戸の町を沸かせます。花火も踊りもなんとも派手やかで、襲名披露にふさわしい昼の部の打ち出しとなりました。

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 夜の部は通し狂言『雙生隅田川(ふたごすみだがわ)』。昨年1月、新橋演舞場で大奮闘した右團次が、大阪でも熱演。そのときが初舞台で梅若丸、松若丸を勤めた右近も、数多くの出演を重ねて大阪初御目見得となるこの舞台では、その成長ぶりを十分に見せました。

 

 鯉魚の一軸をめぐっての序幕は、猿之助の班女御前が子を失って気も動転、運命に翻弄されるいたいけな梅若丸、松若丸が波乱を予感させます。御家を守るしっかり者の局長尾に齊入。二幕目は、右團次の情け容赦のない人買いの猿島惣太が、主家の様子を語る海老蔵の武国にその本性を明かして涙をそそります。三幕目は悲嘆にくれる班女御前に起こる奇跡。松若丸の右近をはさみ、右團次、猿之助の三人宙乗りは、客席からの拍手に送られて天に消えていきました。

 

 そして、右團次の名跡に縁の深い『鯉つかみ』を、本水を使って見せた大詰。先の右團次が得意としたものを、澤瀉屋で培った力を存分に発揮して当代が、右團次の故郷大阪によみがえらせました。先日の墓参の折に右團次は、先代、先々代が得意としたケレン味あふれる芸は、「大阪のお客様、ご贔屓、大阪の土壌に合っていたんじゃないか」ともらしていたように、三代目の芸も大阪のお客様をおおいに喜ばせ、場内が喝采に包まれたところで初日の幕が降りました。 

 大阪松竹座「十月大歌舞伎」は10月2日(火)から26日(金)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹チケットWeb松竹スマートフォンサイトチケットホン松竹で販売中です。

2018/10/03