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歌舞伎座「二月大歌舞伎」初日開幕
2月2日(土)、歌舞伎座「二月大歌舞伎」初日の幕が上がりました。
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「音羽屋!」の声がかかって始まった初世辰之助三十三回忌追善狂言『すし屋』。二世松緑が当り役として生涯何度となく演じたいがみの権太を、受け継いだ菊五郎の教えで松緑が初挑戦しました。五世幸四郎が工夫を重ねたやり方が元の音羽屋の権太は、五世幸四郎への敬意を払って左眉尻に大きなほくろをつけています。
勘当の身でありながら父親の留守をいいことに、母親に金の無心をし、嘘涙でだましてまんまと懐に金を仕舞い込むと、礼の言葉も言い終わらぬうちに本性を出す権太。一つひとつの仕種がきっちりと、しかも流れるようにすべてがぴたりとはまり、磨き上げられた芝居を見る楽しみが堪能できます。鮓桶を右脇に抱え、花道に立つ権太には、松緑を通して初世辰之助、二世松緑への思慕も高まります。権太の瞼が閉じ、幕が閉まっても拍手とかけ声がいつまでも続きました。
続いても追善狂言の『暗闇の丑松』。生暖かい夜、つい人に手をかけてしまった菊五郎の丑松、その女房の時蔵のお米。自訴すると言う丑松を引き留めたのはお米でした。「いよいよの間際まで死ぬのは嫌だ、いまわの際まで生きていたい」と言ったお米の言葉が、後々、哀しく心に沁みてきます。殺しに向かった四郎兵衛の家で、東蔵の女房お今を見てお米を思い、「女のその心が憎い、悲しい、たまらねえ」と叫ぶ丑松。見事な伏線と、隅々までよく考え抜かれた演出に感服させられます。
昼の切は『団子売』、芝翫と孝太郎がそれぞれの紋を染め抜いた衣裳で、餅つきの臼と杵のような、切っても切れない仲のよさを見せます。愛想のよいこの団子売の夫婦は、花道から餅屋台を担いで登場すると、さっそく歌舞伎座のお客様にも愛嬌をふりまき、軽快に餅をつき、団子をこねます。息ぴったりの踊りからも仲睦まじさが伝わって、ひょっとことお多福の面を外した二人に大きな拍手が送られました。
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『熊谷陣屋』から始まる夜の部は、花道から静かに吉右衛門の熊谷が現れたときから、場内が芝居に引き込まれました。手にした数珠を袖に隠し、桜を愛でることもなくその下の制札に目を止める熊谷。一つひとつの所作に思いが込められ、戦を物語るときの見得や制札を手に雀右衛門の藤の方を制する大きな動きだけでなく、我が子の首を手に嘆く魁春の相模からの問いに、じっとこらえるさままでが、雄弁に熊谷の心を語ります。菊之助の義経は、動かずして御大将の大きさを見せ、せりふのひと言ひと言からはその複雑な胸中が察せられます。芝居の厚みが最後の、義経が熊谷に申し付けた鎧櫃の重さとなって表れました。
黄金に輝く富士を背景に、豪奢な傾城を連れて現れた梅玉の工藤祐経。『當年祝春駒』は梅の春を寿ぐ曽我狂言の舞踊です。又五郎の朝比奈が盃事を始めたところへ、慶事の門付を行う春駒として錦之助の十郎と左近の五郎、二人の曽我の兄弟がやってきました。敵討ちに急く五郎が工藤に近づこうとするのを、十郎と朝比奈がたしなめ、隈取も凛々しい左近のきびきびとした所作に、祖父の辰之助の面影がのぞきます。「二枚の切手、斬って恨みを晴らせよ兄弟」と工藤が再会を誓って幕となりました。
3つ目の追善狂言は『名月八幡祭』。意気が命の深川芸者、美代吉。いい女の形容詞を全部集めたような玉三郎の美代吉が猪牙舟から、松緑の新助に向かって「待ってるよー」と言いながら花道を行くと、新助ばかりか客席までもが見とれてしまいました。その美代吉の瑕(きず)が仁左衛門の三次。金の無心と酒の相手をするばかりですが、美代吉と三次が醸し出す空気には誰も寄せ付けないものがあります。
そこに入り込んだつもりでいたのが新助。純粋無垢な田舎の男は真実に気づくと、もはや正気ではいられませんでした。場内の提灯がうっすら灯り、祭りだというのにどこか不気味な宵、満月に照らし出された新助の狂気。その高笑いを残して新助が花道に消えると、余韻に浸る場内を「紀尾井町!」の声と大きな喝采が包み込みました。
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初日から、大間にしつらえられた初世辰之助の祭壇に、手を合わせるお客様がたくさんいらっしゃった歌舞伎座。まだまだ寒い日が続きますが、場内は芝居の熱気にあふれ、初午祭に合わせた地口行灯が、歌舞伎座稲荷神社や売店、木挽町広場を彩ります。
歌舞伎座「二月大歌舞伎」は2月26日(火)までの公演。チケットは、チケットWeb松竹、チケットホン松竹で販売中です。